「佐す「しーっ」
男は参ったという声色で続ける。
「なんでこんなところに?」
「こっちのセリフだ」
「ってー…」
苦痛に顔を歪ませた男を盗み見て、再度状況を把握する。
私が身を隠した〝床下へ続く抜け道〟に、この男は同様に身を隠すために入ってきた…ようだ。
狭い場所に急に入ってきたものだから、縄はコイツの体重と私の体重を支えきれなかったらしい。
元いた位置からは、かなり下へ落下している。
縄が腕や足に絡まり、さらに壁にこすったせいか装束が少しほつれていた。
入口より下方は幅が狭くなっており途中でつっかえた、というような恰好だった。
佐助は私より少し高い位置で止まっていて、私はそれをなんとか見上げている。
というのも距離が近すぎて正面から顔を見ることができない。
体はほぼ対面で密着していた。丁度私の右半身が佐助の右半身と重なるように。
男の右肩から胸の位置に私の顔がある。
体を動かそうにも奴の体が邪魔でほとんど動けない。
「先ほど見つかったのは貴様か?」
「いや~俺様一生の不覚」
「ふざけるな!最悪だ!」
「静かに。見つかりたいわけ?」
男も冷静さを取り戻したのか、自身の体と私の体の状態を目だけで行ったり来たり追う。
「わーお。これは大変なことになってるね」
「まったくだ…。お前、体は痛むか?」
「うーん、右腕にやわらかい感触がある以外は普通かな。左はちょっとかすったくらい?」
「な!は、離れろ!」
「いやいやいや無理っしょ」
「私もお前の胴あてが痛い」
「せめて左手が動けばもめるんだけどね、それもちょっち厳しいわ。甲冑が引っかかってる」
「くっ…なんてことだ…!」
床下までどのくらいの距離か確かめようと下を向けば、奴の胸に耳があたる。
これではまるで抱擁をされているみたいだ。
心臓の音が聞こえてしまいそうで思わず体をねじった。
「早く、ここから、出ないと…!」
無理やり下に移動しようとするが体に痛みが走るだけだった。
どうやら縄が引っかかっているらしい。
尚も無理に動こうとする。
「ちょ、あ、だめだって、かすが!」
「うるさい!」
「ストップ!ちょ、一回止まろうか!」
「なんでだ!」
「ほら、あの、生理現象的に」
「!」
男は、これはマジでちょっと離れたいなと苦笑する。
思わず顔が熱くなるのが自分でもわかった。
「俺がちょっと、上にずれてみるからさ」
佐助は失礼と言って、左足を私の腰辺りから器用に出すと壁につける。
ぐっと力が入って上へ少しずれる。
「お、いけそう?」
「ま、まて!む、胸が胴あてにひっかかる…!」
「しまえないわけ?」
「できるか!」
「どっちか手、動く?」
「あ、ああ右手なら」
「胸、抑えて」
あまりの屈辱に眉間に力が入った。
自分の胸をつぶすようにして佐助の体に当たらないようにする。
「最高」
「死ね」
「そのまま下に動ける?」
「あ、ああやってみよう」
体をくねらすように左右に振る。
少しでも下に移動していればよいが。
こう暗くては距離感が掴めない。
と、びりりという嫌な音が辺りに響いた。
「か、かすが?」
「………」
「もしかして装束――「う、うるさい!黙って早く上へいけ!」
「ど、どの辺が破れたの?」
「うるさいうるさいうるさい!」
益々顔が熱くなるのを感じながら喚き散らせば、佐助が先ほど移動した位置から最初の位置へ戻ってきた。
「馬鹿!何をしている!」
「いや、もうちょっと…なんて」
「ふざけるな!」
「ってのはジョーダン。上が結構騒がしい。二人一緒に下を目指した方がいいね」
「初めからそのつもりだ」
「あらそう?んじゃさ、もっと簡単な方法あるんだけど」
「なんだ?」
「俺様に抱きついてくんない?」
「はぁ?!」
「いや、2人が一緒に下に落ちるためにはさ。なるべく小さくならないとでしょ。
今はお前が嫌がって俺から体を離してるから動けないわけで。くっつけば下に」
「…降りれるのか」
確かにこいつの言うことも一理ある。
だが、こいつに抱きつけというのか――――。
「ああ、嫌だ…!」
「ちょっと、声に出てるよ」
「はぁっ」
溜息ともつかない吐息が漏れる。
何かここは息苦しい。
息をすればやつの匂いが嫌でも入ってくる。
くそ。最悪だ。
ある種の眩暈まで感じる。
あまりに距離が近すぎるのだ。さっきからずっと体が熱い。
「かすが、早く。一瞬ですむからさぁ」
「………わかった」
体の向きをあえてずらしていたものを佐助と対面で対峙するように向き直った。
「腕が自由に動くなら、背中に手、まわしてくんない?」
「……」
男の背中に手を回してより体が密着するようにする。
「なるべく強く抱きしめてくれる?」
「………」
「…俺様死んでもいいかも」
「さっさとしろ!」
「はいはい。んじゃいくよ!」
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