つまる

長い石畳の大手道の途中から、脇道へそれて屋根へ。
辺りに見張りがいないことを確信し、屋根づたいに城内部へ潜入した。
時刻は真夜中。すでに衰退の一途をたどる織田に兵の数は極端に少ない。

気を引き締めて小さくため息をつく。


織田信長によって建造された安土城は、いわゆる天下布武を象徴するように山頂へそびえ立つ。

山の中にあることは、忍びにとって死角が多いということでもあり侵入はそう難しくはない。

抜け忍にとって、情報は命。お荷物になってはならない。
上杉の中で私は一番の情報通である必要がある。
各城への情報収集は日々の日課のひとつでもあるが、今回もまたそれであった。

城には所謂〝忍び避け〟と呼ばれる侵入を防ぐための仕掛けが随所に施されているのが一般的だが、

すでにその位置や仕掛けの内容まで網羅している。

また、忍びが使う抜け道、隠れ場所なども敵側の忍びが勝手に使っていることもまれにある。

 

城内の長く続く廊下を進むと、前方から人の気配がする。
とりあえず右の襖からやり過ごそうと中へ入った。部屋の中は12畳程の広さで襖には金箔があしらわれている。

重要な部屋ではないのか襖に絵等の装飾は施されていなかった。
確かこの部屋は床の間の掛け軸の裏が、床下通路に通じているはずだ。

念の為掛け軸をめくってみれば、特に裏側にはそれらしいものはない。
だが――――。

 

右足で壁の下の方を押すと、案の定掛け軸ごと上下に反転する。
その奥は真っ暗闇だがおそらく人一人が通れる幅の、下へ落ちる深い穴があるはずである。

「ぎゃあああ!」

突如上がった悲鳴に体が強張る。
どこかで襲撃でもあったのか。どうやら先客がきていたようだ。

「…まずいな」

廊下には一斉に火が灯り、慌ただしく人間が走り回る音。

「出合え!出合え!曲者じゃ!」

どこの馬鹿だか知らんが見つかったらしい。
このままでは私もとばっちりである。
急いで掛け軸の裏へと身を隠す。

掛け軸の裏は思ったよりは広く、暗闇になれた目で見ても一人通るには十分な広さだ。

もしかしたらなんとか人間二人も通れるかもしれない。


下へと続く真四角の空間には、申し訳程度の手すりがところどころついている。

地上からの距離はかなり高い。城内の緊急避難にも使われているのだろうか。

苦無の柄に縄をひっかけ、手早くそれを手すりと自分にくくりつける。

穴の下の方からはひゅうひゅうと風の音が聞こえる。
暗闇の中宙吊りの恰好のまま息を殺した。

「どこへいった!?」
「何物じゃ!」
「盗られたものはあるか!?」

混乱している城内に聞き耳をたてていると、ふと私のいる部屋の襖が開く気配がした。

まずい、新手か―――?

一気に床下まで落ちようかと判断に迷った瞬間。
唐突に隠し扉が開いた。

「!!」

飛び込んできた人間と自身に括り付けた縄が絡まりあう。
まずい、と思った時にはすでに遅し。

「き、貴様は…!」

危うく叫びそうになる口を男が手でふさいだ。


  

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