ラブレターと思い込み

~第三章「不幸の手紙」~
慶次からとんでもないことを聞いた俺様は、慌てて甲斐へとんぼ返りすることになった。 木の葉が大きく揺れるのも構わずに木から木へ飛び移る。 かすがのことだ、お館様への手紙なんて… 嫌な予感しか思いつかない。 屋敷がようやく見えてきた所で身震いをすると、はやる気持ちを押さえ急いでお館様のいる部屋へ向かう。
「佐助!」
廊下を駆けている途中で、旦那に呼び止められた。 すぐに足を止め、地団駄を踏むようにその場で足踏みをする。
「旦那!今急いでるんだけど」
「そんなに急いでどこへ行くのだ」
「お館さまのところ!」
「何かあったのか?」
「ん…、かすががちょっとね」
視線をそらし苦笑すれば、旦那はそういえばかすが殿、 先ほどここへ来たぞとあっけらかんと言ってのける。
「え!?マジ!?」
「うむ。こんな手紙を某に」
そう言って懐から一通の手紙を差し出した。 慌てて旦那の手元を覗き込めば、手紙にはのったくった字で『武田信玄へ』と書いてある。 まさかの“敬称なし”に、がっくりとうな垂れた。 正直すごく疲れる。 やれやれと大きく溜息をつけば、旦那はこれからそれを届けに行こうとしていたと得意げに言うのだった。 そんな能天気な上司を視界の端に捉えながら、 まだお館様の目に触れる前でよかったと思いなおした。
「それちょっと俺様に貸してくれる?」
旦那の返事を待たず手紙をふんだくると、一思いに封を切る。
「佐助!人のものを勝手に読むなど…!」
「いいのいいの!毒見みたいなモンだから!」
封を切って中の紙を広げると、何か粉が辺りに舞った。 紙の質感もなんだかざらついている。
「なんだ…?」
まさか毒――? 旦那にちょっと離れてと身振り手振りで伝えると、 なるべく息をしないように気をつけて紙に付着した粉を指に絡め取る。 と、後ろで旦那が大きなくしゃみをした。
「へっくし、へっくし」
それも一回や二回じゃない。 連続でくしゃみをすると、涙目で鼻をこする。 これは――。自身にも耐え難いくしゃみが襲ってくると同時に理解した。
「こしょうだッっくし」
「なんでこしょうなんてへっくしゅ、入ってるでっくしゅござるか?!」
「嫌がらせだろッくしっ」
「紙には何て書かれてるでござるかッくしゅん」
旦那に促され手紙に目をやると、そこには “お前は謙信様には勝てない”の文字。 あまりに大胆不敵な手紙に、思わず吹き出した。
「マジだからすごいよ…」
「かすがどのは大胆でござるな…」
涙目のまま、お互い顔を見合わせて苦笑すると旦那がもう一度くしゃみをした。
「お館様にご報告せねば」

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