ラブレターと思い込み

~第二章「手紙の中身」~
軍神の元を離れると、俺様はすぐに風来坊のいる京へ向かった。 最短ルートはすでに頭の中だ。 疲れた体に鞭打って、やっとのことで京へたどりつくと、 辺りはもうすっかり白ばんでいる。
「風来坊、風来坊はっと…」
ひとりごちて辺りを見回すと、朝も早いというのに広場には結構な人がいた。祭りの準備の真っ最中なのか、みな世話しなく動き回っている。 たくさんの人の中で一際目立つ風来坊は、朝っぱらから提灯の飾り付けを手伝っていた。 速やかに人ごみに紛れ近くへ歩み寄ると、慶次の視線がこちらへ向いた。
「おお、忍びの兄ちゃん!こんな朝からどうした?」
満面の笑みでそう笑って、俺様の肩を勢いよく叩く。
「あー、まぁそんなに大事な用じゃないんだけどさ」
「もしかして恋のお悩みかい?」
うざったいくらい嬉しそうにそう言うと、憎いねぇなんて肘でつつかれた。
「いやそうじゃなくて、」
「照れない照れない!恋の病は俺に任せてくれよ!」
絶句するのもつかの間に、最近かすがちゃんとはどう?と間髪入れずに聞いてきた。 やれやれと肩を竦めると仕方なく本題に入る。
「そのかすがから、手紙。来てない?」
「かすがちゃんから、手紙?」
「軍神さんから、かすががアンタに手紙を書いたって聞いてさ」
慶次はそれを聞くなり、大げさに腕を組んで頭を傾けると目を瞑る。 面食らった俺様は、彼の肩に乗っている小さな相棒と顔を見合わせた。 しばしの沈黙のあと、突然その瞳はカッと見開かれる。
「ああ!来た来た!昨日来たよ!かすがちゃんの手紙!」
「マジで?」
「うん、わざわざ俺のとこに尋ねてきた」
「で!?で!?何が書いてあった!?」
思わず身を乗り出すと、慶次はニヤニヤしている。
「ちょっと何その顔」
「…忍びの兄ちゃんさぁ、悪いけど俺に義務はないんだ」
「は?」
「俺がアンタに手紙を見せる義務はないだろ?」
慶次は困ったように笑ってみせると、ぷらいばしーってやつさとどっかの侍みたいなことを言う。
「いや、俺様は、仕事で来てるわけだし、プライバシーもなにもさぁ…」
「悪いね」
「…どうせ大したことは書いてないんだろ?」
高をくくってそういえば、慶次は“いやぁ、わかんないよ?手紙に俺のことが好きだって書いてあるかも知れないし”と人懐っこい顔で笑う。
「なぁ、夢吉?」
「キキッ」
「…書いてあるわけないでしょーが」
「本当にそう思う?」
「そりゃね」
一体何がしたいのさとぽりぽり頭をかきながら呆れれば、慶次は堰を切ったように豪快に笑いだした。
「合格!」
「はい?」
「合格も合格!忍びの兄ちゃんのかすがちゃんを想う気持ちは本物だね!」
「………」
一体どうやったらそういう答えになるのか、さっぱりわからなかったが、どうやら教えてくれそうだ。 にこにこ顔の慶次と視線を合わせ、やっとのことで さっさと内容を教えてくれる?と尋ねれば、慶次は笑顔のままうなずいた。
「えっとね、“慶次へ。また酒を飲みに来い。謙信様も楽しみにしている。かすが”…だったかな」
指を立て、かすがのように眉間に深く皺を刻んで見せる。 どうやら普通の手紙だったらしい。 安堵の溜息を吐くと、慶次はさらに言った。
「かすがちゃん、君たちのお館さまにも手紙を出すつもりだって言ってたよ」
忍びの兄ちゃんには恋文、来るんじゃないの?と余計に続けながら。

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