ラブレターと思い込み

暗闇に紛れ、わずかな月の灯りを頼りに城内に侵入した。 暗殺などありえないと鷹をくくっているのか、相変わらず警備は手薄だ。 一番見晴らしのいい高台の屋根から、城の中央にあたる中庭にめぼしをつけて移動する。 中庭はよくある日本庭園のつくりで、見事に手入れをされた草花が咲き乱れていた。 中央にある小さな池にはまん丸の月が映りこんでいる。 口元まで引き上げた忍装束を顎まで下げると、何となくしゃがみこんで池の中を覗いてみた。 池の水がゆらりと揺れる。
「かすがをさがしにきたのですか?」
殺意のない声が背後から聞こえた。 俺様は振り返らずに苦笑する。
「何を企んでいるのか偵察に」
「なにもたくらんでなどいませんよ」
「…じゃあかすがは?」
「かすがはおべんきょうちゅうです」
お勉強中?と口の中で繰り返せば、軍神は鼻で笑う。
「よみかきのべんきょうをしているのですよ」
「読み書き…?」
忍びの中で読み書きが完璧に出来るものは少ない。 基本的には暗殺や偵察などの隠密行動さえこなせばいいのだ。
直接軍略に関わる事など少ないといえる。
女で読み書きができるものなぞさらに少ないだろう。 しかし一体読み書きがなんの役に立つのか。 座ったまま口元に装束を引き上げると、静かに立ち上がった。 ゆっくりと後ろを振り向けばゆったりとした浴衣に身を包んだ上杉謙信が、柱にもたれかかるように立っていた。 俺様の訝しげな表情を読み取ったように、穏やかに笑う。
「かすががよみかきをおぼえたいといいましてね、なにやらてがみをかくといっていました」
「手紙…?」
「ええ、おせわになったひとにだしたいのだとか」
「なんでまた、手紙なんか?」
「それはわたくしにもわかりません、もしかしてこいぶみでしょうか」
軍神はからかうようにそういって低く笑った。
「まっさかぁー…」
こちらも笑顔でそう返したものの、背中には変な汗をかく。
「けいじにもだすとはりきっていたようですよ」
「慶次ってあの、前田の風来坊?」
嫌な予感をひしひしと感じながらごくりと唾を飲み込んだ。

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