幽霊の正体見たり

月明かりすらない闇夜。 辺りは一面の墓地で常人ならとてもじゃないが この暗闇の中を進む事は出来ないだろう。
本日の警備は春日山からそう遠くないとある小さな寺の任務だった。 昔、この寺の周辺で疫病が流行り、病人をここに隔離していたようだが、 村の人間は全員死に絶えた。 それからしばらくは無人の場所であり、最近また人の手が入ったが、 その当時はそれはそれは無残な状態だったという。
そんな曰くつきのいきさつがあってか、いい噂は聞かない。 今回の任務も、この付近で深夜見回りの兵士がよく人影を見るという話があったためその 真意を確かめにいく、というものだった。 幽霊などと馬鹿馬鹿しいものを信じているわけではないが、 こうも気味の悪い話ばかりを聞かされるとさすがの私も気が滅入る。
先日たまたま共闘した猿飛佐助に、ここの任務をすると話した時も、この土地の気味の悪い噂を散々聞かされた。 恐らく嫌がらせに決まっている。 かぶりを振って気を取り直すと、暗闇に身を潜め、墓を見渡す。 今のところ特に変わったところはない。 人影もないし、動くのは風に吹かれた柳の木と卒塔婆ぐらいだ。 耳を澄まして“何か人の声が聞こえてきたら”と、嫌な想像をして身震いをした。 そんなはずはない。忍びの私が何を恐れるというのだ。 今いる場所からは墓の一方しか見渡せないため、そっと反対側に移動しようと位置を窺う。 と後ろから突然、生暖かい風が吹いた。
「!」
慌てて振り返るもそこには誰もいない。まるで吐息のような嫌な風。
「…南風か」
夏はもうすぐそこなのだ。これぐらいのことに敏感になっていては剣の名が廃る。
「馬鹿馬鹿しい」
わざと大きな声を出して、自分自身を威嚇した。 任務を忘れてはならない。 自分を戒め耳を澄ませばカサカサと何か音がした。
「誰だ!」
私の周りの草木が動く。 何かがいる、それは間違いなかった。
「誰かいるのか!?」
しかし姿は見えない。人ではないのか。 まさか狸が人を化かしているとでもいうのか。 注意深く辺りを見回せば、どこからともなく またあの生暖かい風が吹き、背筋をなぞられたような感触が走った。
「…出て来い」
押し殺すように言えば、またカサカサと音がする。 まるで私をからかって遊んでいるようだ。
「一体何が目的だ?」
私は闇に問うた。 苦内を構えると、いつでも戦闘に入れるように深く呼吸をする。 耳を済ませ、次に音が止んだ時それは再度こちらへ来ると睨んだ。 その読みは正しく、音が止むと首筋に生暖かい風を感じた。
「喰らえ―――!」
次こそは生暖かい風の正体を切ってやろうと思っていたのだが、 あまりの予想外の出来事に動けなくなった。
尻を撫でられたのだ。 正確に言えば撫でる、というより揉むような手つきに近い。 それは全くの想定外で、思わず面食らった。 だが一つ、確信する。
これは獣の類ではない。
「…………」
カサカサという音が繰り返し私の周辺を移動している。
「おい」
再度声をかけても動きは止まらない。
「佐助」
呼びかけると、音は止まった。
「佐助、お前だろ」
「…………」
沈黙。 応えは無く辺りは静まりかえる。
「さっさと出て来い」
「…………」
しばらく沈黙が続いていたが、観念したのかそれは突如目の前に現れた。
「わお、よくわかったね」
どうやら雲隠の術を使っていたようだ。
「貴様…」
「いやー、絶対ばれないと思ったのになー」
「尻を触る幽霊がいるか!」
「なんか悪戯してたらむらむらしちゃって?」
「知らん!」
思い切り睨みつけるが男は動じない。
「…ここ最近の墓地での人影はお前か?」
「あら、そこまで掴んでたの?」
「まさかお前とは思わなかったがな」
何をしていたと詰問すれば、“修行”とだけ返ってきた。
「なぜこんなところで…」
「いやここって曰くつきだから人もあんまり来ないし。絶好の場所ってわけ」
「全く、紛らわしい」
「でも、こんな真夜中に来たのは今日が初めてだぜ?」
「だが人影の目撃情報は深夜だ」
「いやいやいや、ここんとこ修行は昼間に来てたし」
「そんな馬鹿な!」
じわりと嫌な汗をかく。
「…それ、俺様じゃないんじゃない?」
「は?」
にやりと笑う男を尻目に、背筋が粟立った。

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