格差
「かす――――」
呼びかけた最中。
彼女が誰かと話している気配を感じ取り、物陰に慌てて引っ込んだ。
しばらく見ていると、背の低い青年と何やら会話を交わしているのが目に入る。
傍には鹿。
げ。
その青年には見覚えがあった。
確かかすがと結婚したいとか宣っていた物好きな鹿坊やだ。
完璧な照れ顏の二人を遠目で見て、阿呆らしくなる。
あいつもただ優しいだけなら残酷だってこと、わかってんのかね…。
自答して、完全に自分の事だと苦笑した。
しばらくすると鹿くんがかすがに大きく手をふって、駆け出していく。
それを見送ってから、すぐにかすがの背後へと立った。
「…何してたんだよ」
「お前には関係ない」
さっきまでの少し柔らかい表情は微塵もない。
「お前さァ、あんな坊やからかっちゃだめだろ」
「か、からかってなどいない!」
「…本気なわけ?」
「違う!」
その割には顔を真っ赤にする女を見て、絶句する。
(おいおい、こいつマジかよ)
今までの自分とのやりとりで、かつてこんなに赤面をさせたことがあるだろうか。
「謙信様はどーしちゃったのよ?」
「馬鹿か。比べるまでもない。 」
「その割には顔真っ赤にしちゃってたけど?」
「ち、違う!あれはあいつが、あんなに…ま、真っ直ぐにぶつかってくるから…戸惑っただけだ。」
「戸惑ったァ?」
柄にもなく声のトーンが強くなる。
「何てぶつかってきたのさ」
慌てて取り繕うもかすがは眉根を寄せた。
「何でもないと言ってるだろ。ただ今度の休みに出掛けないかとお誘いだ。」
思わず吹き出しそうになった。 よくよく見れば、かすがの手には小さな花。
よりにもよって、忍びに花。
あのガキ、絶対に許さん。
「そ、それでお前は何て答えたの?」
「何でお前にそれを答えなければならないんだ」
「いや、だってさ、ホラ俺様にも権利あるっしょ」
「ないだろ」
「許婚ですから」
「許婚じゃない。」
「まさかOKしたわけ?」
「まさか。丁重に断った。」
「で、でもあいつスゲー嬉しそうに手、振ってたじゃん」
「見てたのか?お前も悪趣味だな」
まるで何か汚いものでも見るように言う。
「花をもらったお礼くらいはさせてくれと言っただけだ。」
「………」
目の前が真っ暗になる。
立っているのがやっと、と言っても過言ではないだろうか。 この格差である。
「俺様が次の休みに出かけようっていったら?」
「行くわけないだろ」
「俺様が花贈ったら?」
「贈らないだろ」
「もし贈ったら?お礼は?」
「なんだお前しつこいぞ。」
この格差である。
面倒臭そうな視線を打ち払い、尚も食い下がる。
「あんな毛も生えそろってなさそうな坊やに、間違っても絆されるなよ」
「ほだされるか!」
「俺様の方が立派なもんもってるし」
「なんの話をしている」
「ねー!」
「同意を求めるな!」
とりあえず次に会ったときは、花をもってデートに誘おうと決意した。
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