ホワイトデーのでっかいお返し

3月14日、PM10時。
私の手元に、未だお返しはない。
…確かに今年のバレンタインはチョコレートをあげたとはいえない。
身もふたもない言い方をすれば、佐助が買ってきたチョコを私が受け取ってそれをまた佐助に渡しただけだ。
しかしわざわざ、それが食べたいと気を使ってやったというのに。
(私に何かお返しがあっても良いんじゃないか?)
ただ単に小腹が空いただけなのに都合よく過去の記憶を引っ張り出す。
リビングの床に寝転がって、空いたお腹を軽くなでた。
キッチンからはご機嫌な鼻歌が聞こえてきて、夕飯後にも関わらず
それに合わせて腹の虫がきゅると鳴く。
皿洗いをしている男を尻目に、これみよがしに溜息を吐いてやった。
「…幸せが逃げるよ」
「余計なお世話だ」
ぴしゃりとはねつければ、男は苦笑交じりにこちらを見やる。
「…何を怒ってるのさ」
「怒ってなどいない」
「かすががそう言う時は、だいたい怒ってるんだって」
「うるさい。さっさと洗え」
ギロリと男を睨みつけるが、平然と交わされてしまう。
何だかそれが無性に悔しかったので、“皿洗いが終わったら風呂掃除もやれ”と付加えた。
「ねぇかすが?」
「…私は忙しいんだ。風呂くらい洗え」
「いや、そうじゃなくてさ」
「…なんだ」
「もしかして、さ」
佐助は言いかけて、いやらしげに顔を歪める。
そして全ての皿を洗い終えると、食器乾燥機のスイッチを入れた。
不気味な笑みを顔に貼り付けたまま、キッチンタオルで手を拭き、
キッチンから私の目の前へ覗き込むようにして立つ。
「期待してた?」
予期しないフレーズと底意地が悪そうに放たれた声が合わさって、
一瞬言葉に詰まった。
「だ、誰が…!」
「そんなにイライラするなんて、生理前かホワイトデーのお返しを待ってるかの二つに一つしかないよね」
「…一体どうやったらその答えに辿り着くんだ」
「しかもかすがのことだから、あんな少しのチョコででっかいお返しをご所望でしょ?」
「厭味な奴だなお前は…」
「まぁとにかくそうなんでしょ、ほらそんな顔しないの。俺様がでっかいお返しあげるから」
まるで子供に語りかけるように小ばかにして囁くと、なぜかそこにキチンと正座しろと言う。
いちいち形式から入りたがるのがこの男のめんどくさいところだが、
でっかいお返しという言葉に、私は渋々了承した。
そろそろ何か食べないとイライラも収まらないような気がしたからだ。
身を起こし、その場で正座すると、佐助も同じように私の目の前に鎮座する。
一体何が始まるんだと視線を投げかければ、男はふっと自嘲的に笑った。
「俺とケッコンしてください」
…たっぷり1分は睨みあっていたと思う。(見詰め合ってなど断じていない)
私は静かに口を開いた。


「…そんなでっかいお返しはいらん」

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