バレンタインデーの期待

全国各地の乙女が大慌てしているであろうバレンタインデー前夜。
もちろんメディアに踊らされる一人としてかすがもあのお方のために腕をふるっていた。
滅多に入らない台所で真剣な眼差しをチョコレート(板)に注ぎながら何やらガチャガチャとやっている。

ただチョコレートを溶かしてハートの型に流し込んでデコレーションをするっていう極めて簡単な――恐らく手作りとも言えない――調理方法を選んだはずなのにどうしてそんなにまな板の上に調理器具が乗っているのか。
泡立て器とかまず使わないし、ザルも別にいらないよねぇ?
ヘラの変わりにしゃもじが乗ってるし…。
しかもさっきからブツブツと一人言が絶えない。
言葉の断片しか聞き取れないけど、『みじん切り』とか『熱湯に』とか『塩を少々』とか聞こえてくる。
思わず塩入れんの?と声をかければ、隠し味だそうだと人ごとのように言う。
まぁスイカに塩かければ甘くなるものな、とかわけのわからない理論を展開していた。
「少々とはどれくらいだ?」
何かのレシピを見ながら言っているのかかすがはそれと俺様を交互に見比べる。
「さぁねぇ、だいたいで良いんじゃないの?」
「そのだいたいがわからんのだ」
「その人それぞれの『少々』でしょう」
「そんなあやふやな事で良いのか?!」
全く納得出来ないというようにかすがは憤慨すると、
小さじスプーン一杯の塩をチョコレートに加えた。(入れ過ぎじゃないの?)
味の保証はさておき、俺様の分もあるのかが気になる所。
もちろん義理なのはわかりきっているが
貰えないというのはあんまり過ぎる。
チョコレートをハート型の――恐らくあのお方ようの特大サイズ――容器に流し込むかすがにそっと尋ねた。
「ねぇ、俺様のぶんは?」
「…欲しいのか?」
「あったりまえ!」
かすがは怪訝な表情を浮かべながら、ハート型の容器の近くにある☆型の容器を顎で示す。
「あれ?俺様のはハート型じゃないの?」
まぁ当たり前だけど一応聞いてみる。義理だってハート型のほうが嬉しいもんだ。
かすがはまためんどくさそうに俺様を一瞥すると、
「…ハートはお前にはいつもやってるだろ」
つっけんどんにそう答えて、
手についたチョコレートをぺろりと舐めた。






「っていう夢を見たんだけど、いつハートくれんの?」
「…しらん」

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