バレンタインデーウォー

2月14日、PM10時。 俺様の手元に、未だチョコはない。
テーブルに肘をついて、ふぅと小さく溜息を吐くと ソファに転がった目標にこっそりロックオンする。
忘れているのか焦らしているのか――。 特にいつもと変わらない表情で彼女はテレビを眺めていた。
「ねー」
一声かけるが返答はない。
「かすがったら!」
3回呼びかけたところで、ようやく彼女はこちらを振り返った。 眉間にはこれでもかというように皺を刻んでいる。
「…私は忙しいんだ」
さっきからテレビを眺めているだけなのによく言う。
「今日はさ、ほら、なんか忘れてない?」
「忘れてない」
「いやいやいや、2月14日って言ったらさ、あれ、女の子から男の子に送るやつ」
「………」
「思いを伝えるあれだよ」
「…平手打ちか」
「いやいやいや、違うって」
真顔で言ってのける彼女に面食らいつつ、なおも食い下がる。
「どこの世界に平手打ちで思いを伝えるやつがいるのさ、そうじゃなくて」
「…お望みなら送ろうか」
「…遠慮しておきます」
苦笑混じりにそう言えば、かすがはめんどくさそうに体をテレビの方へ向ける。 このままではいよいよ今年のチョコは絶望的だ。 悲しみと絶望にまみれ、諦めかけた最中。
ふと、頭の片隅でわずかな光を見出し、いちかばちかで勝負に出ることにした。
「じゃんけん」
「は?」
突然言い出したもんだから、かすがは目を丸くしてこちらを見ている。
「じゃんけんで買ったらチョコちょーだい」
「はぁ?」
「負けたら何でもしてあげるから」
「だがチョコなんて用意してな「コンビ二で良いから!」
勢いに飲まれたのかかすがはうろたえている。
かすがの考えがまとまらないうちに(疑問の念が浮かばないうちにともいう) 間髪いれずにことを運ばねばならない。
「最初はグー!」
「まっ、待て!あいこはどうするんだ!」
「………」
あいこは正直考えてなかった。
「あいこなら愛ね、愛」
「おい、ハードルあがってないか」
「はい!出さなきゃ負っけよ―――」
適当に提案してみたが、これは我ながらうまい選択だった。 確率は3分の2。
2分の1よりはグッと確率が上がった。 チョコがもらえるだけでも儲けもんなのに、愛までもらえるなんて。
さすがの神様も便宜をはかってくれるだろうと、うきうきしながら ジャンケンポイで互いの手元を見た。
愛かチョコ、愛かチョコ―――。 出した手のひらは――― “チョキとパー”。 かすががチョキで、俺様がパー…。
「…3分の2で負けるとはね…」
「…お前はよっぽど天から見放されているようだな」
「これ何かの陰謀じゃないの」
天に向かって嘆いてみせると、彼女は残念だったなと鼻で笑う。
「ほいじゃ、何をいたしましょーかお姫様」
「何だ」
「負けたら何でもしてあげるって言ったっしょ?」
「ああ、そうだったな」
首をわずかに傾けると、かすがは何かを考えるように 宙を見つめる。
そして俺様の方を見据えると、ぽつりと言った。
「チョコ」
「はい?」
「チョコ買って来い」
「え、それって…?」
「違う。お前がチョコチョコ言うから小腹が空いてきただけだ」
「お、俺様の分は―――?」
「好きにしろ。むしろもう自分で自分に渡せ」
「じゃあ俺様がチョコ買ってくるから、それをまた俺様に渡して」
「…可哀想なやつだな」
「…誰のせいだと思ってんの」
互いに見詰め合うと、かすがは気まずそうに顔を反らす。
じゃあ渡してやるからさっさと買って来いという鶴の一声で、 俺様は勢い良く立ち上がった。
「…ついでに愛ももらえると有難いんだけど」
「…さっさと行け」
今年のバレンタインデーは、ギリギリ滑り込みで貰えそうだ。(ミッションコンプリート)

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