失ったもの ※かすがが謙信様に寝返ってすぐ

「俺様と一緒に死んでくれる?」
みしみしと音を立て、女の細い首に指が食い込んでいく。 迷彩服を纏った男は、愛しそうに目を細めながらささやいた。  
「は、 な せ」
女の口から喘ぐように声が漏れる。 体を木の幹に押し付けられ、身動きが取れない。 足を必死に動かすが、まるで無駄だった。 徐々に地面から浮いていく身体。 男は女の首を締め上げる。
「ねぇ、死んでくれる?」
低い声で、まるで愛でもささやくように呟いた。
「い、 やだ」
「俺様の事好きでしょ?」
「きらいだ」
苦しそうに顔を歪め女が答えると、 男は我慢出来ないというように低い声で笑ってみせた。 肩が上下に揺れ首に這わせていた指の食い込みが少しだけ弱まる。
「何がおかしい」
女は眉間に深くしわを刻み、精一杯男を睨みつけた。
「いや、そういうと思ったんだよね。嫌いだって」
男の声は心なしか弾む。
「もし好きだって言ってくれたら助けてあげようと思ったけど。 あんまり俺様の想像通りに動くもんだからさ、面白くてつい」
目にうっすらと涙をため、微笑んだ。
「外道め」
女はそう吐き捨てると侮蔑の表情を浮かべ唾を吐いた。 男の頬を妖艶に濡らす。
「っとぉご挨拶だねぇ」
男は二の腕でそれを拭うと、きつく女を睨んだ。 緩んでいた指が再びきつく締まる。 そのまま女の首筋を舐めるように顔を近づけると 耳元で優しくささやいた。
「お前さぁ、よく死にたがってたじゃん。どうせいつかは散る命なら 今ここで俺様が散らしてあげるよ」
そう言うとゆっくりと顔を離す。 女の霞んだ瞳で男を捉えれば、冷たい視線にぞくりと背筋が寒くなる。
「や、やめろ私は、死にたく なんかな い、あのお方の為に も私は――」
途切れ途切れに女は懇願した。
「違うね、あのお方の為なんかじゃない。今のお前は感情で動いているだけだ。そいつの為に死ぬ覚悟なんてないね」
男はぴしゃりとはねのける。
「―――ッ、わ た しは」 「本当にお前は甘いよ」
男の指の圧迫がよりいっそう強まった。 ギリギリと音を立てて、細い首は今にも折れてしまいそうだ。 女は苦しみからかぽろぽろと涙を落とす。
「おまえは な ぜ――――」
「え?」
涙は頬を伝わり男の甲に滴り落ちる。 手袋越しのはずなのに、まるで酸のように雫が落ちた所がしびれた。
「わ たしに か まう な」
女の瞬きと同時にひときわ大きな雫がこぼれる。 その涙は男の瞳の中へ吸い込まれるように落ちた。
「!」
男の視界が涙で滲む。 衝動的に利き手で、目を擦った。 女は遠のく意識でそれを確認すると、 ここぞとばかりに暴れだした。 さすがの男も片腕一本では女の体重を支えられず、 女もろとも地面に崩れるようにして倒れ込んだ。 女は激しくむせ、嗚咽を漏らす。 男は素早く女から離れると、一瞥し肩を竦めて言った。
「まさかお前が裏切るとはね、世も末だよ」
小さく舌打ちをすると、ため息をもらす。
「忘れるなよ、同郷なんて関係ない。 お前が敵に回る限り、俺様は容赦なくお前を殺す」
女がわずかに顔を上げると 男は黒い羽根に包まれ鮮やかに消えた。 残された女はひとり、嗚咽まじりに声を上げて泣いた。 自分の無力さを呪い、男の残酷さを憎んだ。 今まで築いてきたわずかな絆は錯覚だったのかもしれない。 女は下唇を強く噛むと甘く抱いていた期待を捨てた。 首には男がつけた紅い印がはっきりと浮かびあがっていた。

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