剣×剣

季節の変わり目に近づき、段々と肌寒くなってきた秋口。 偵察凧を上空から飛ばしていた俺様は、見晴らしの良い湖のほとりでかすがが何かやっているのを偶然に見つけた。(あくまでも偶然である)
忍らしからぬあまりの丸見えさに吹き出しそうになったが、よくよく考えれば向こうからもこちらは丸見えに違いない。 それだけ襲撃に備えており、周囲に気を使っている姿勢がうかがえた。 こんな朝早くからラッキーと思いつつ、一体何をしているのかと思案する。 まさか行水でもおっぱじめようというのか。 しばらく眺めていると、かすがは拳を繰り出したり後方宙返りをしたり糸を適当な木に絡ませてみたりと世話しなく動いていた。 どうやら人知れず体術の鍛錬をしているようだ。
こりゃあからかってやらなくちゃと居ても立ってもいられなくなったので、地上に降り立つことにした。 隠れる必要もなかったので、そのまま湖のほとりへと突っ込む。
「やっほー」
そろそろ目も合う頃合いになって、声をかけた。 かすがはほとほと嫌そうな表情を浮かべている。
「どったの」
「…なぜわざわざ降りてくる必要がある」
「いやー遠くから眺めてるだけじゃ淋しいかと思って」
「全く淋しくない。散れ!」
「えー?いいじゃん、素直になりなよ」
「知らん、帰れ!」
つれない彼女はそう突き放すと、ぷいと背を向けてしまう。 俺様は凧から颯爽と降りた。
「何してたの?」
まぁ分かりきった質問なのだが、凧をしまいながら一呼吸おいて尋ねる。
「お前には関係のないことだ」
かすがは背を向けたままぴしゃりと言う。
「後方宙返り」
「………」
「闇消の練習?」
かすがの肩がわずかに反応する。
「修行。してたんでしょ?」
「…お前には関係のないことだ」
かすがは全く同じセリフを繰り返した。 本当につれない女である。
「でもさー、鍛錬たって動きの練習じゃあねぇ」
呆れた様にあげ足をとれば、彼女がムキになることはわかりきっていた。
「どういう意味だ!」
ほーら。引っかかった。
「いやいや、せっかくの“くのいち”なんだからそういうの磨けばいいじゃん」
「“そういうの”とはなんだ」
「そりゃあ決まってんでしょ」
胸の前で乳を持ち上げるしぐさをすれば、かすがはさも不快そうに顔を歪めた。
「お前さー、だいたい色仕掛けとか人に使った事あんの?」
「貴様に答える義理はない!」
「もし俺様が女だったら、とりあえず周りの男を手籠めにして、思い通り操るぐらいはするけどなー」

「お前は違うのか?」
「へ?」
かすがは、突然人差し指を俺様の眼前へ突き立てると、ゆっくりと胸の中心へ動かした。 面食らう思いでその指先を目で追えば、かすがはさらに近づいてくると同時に俺様の胸に指を押し付ける。
「今私の目の前にいる男は―――」
「な…」
さらにあろう事か、俺様の胸をいじらしげに“ぐりぐり”する。
「ちょ、」

「その一人だと思っていたが」

「ちょっと、」

「違うのか?」
下から見上げるようにするかすがに思わず後ずさった。 切れ長の瞳が妖艶であり、なぜかいけないものを見るような感覚に陥る。
「ど、どーしちゃったの、欲求不満?」
何とかこらえてそう問いかければ、かすがは軽蔑の眼差しを向けた。
「冗談だ」
「ねぇ、やっぱちょっともういっか…」
「欲求不満は貴様だ!」
先ほどとはうってかわった高いトーンでそう言って、思いきり足を踏んずけられた。 咳払いをして、 気を取り直す。
「できるじゃん。色仕掛け」
「そんな忍びはお断りだ」
「まぁ俺様もそんなかすがは見たくないね」
「私はあのお方の剣なのだから」
「ねぇ、聞いてる?」
「まだいたのか」
「折角なら俺様の剣も挿してみない?」
「お断りだ」
ことのほかかすがが厳しいので帰ろうと思った。

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