トロッコ

鉄製の台形型の箱に車輪がついたもの——所謂台車というのだろうか。
暗がりの中、煌煌とした炎の光に照らされたそれを見て、ふと考えた。

「かーすがぁ」
洞穴に反響し、こだまのように声が重なる。
後方で敵を蹴散らしていた女は怒ったようになんだ、とこちらへ近づいてきた。

「これ、見てよ」
「なんだ?」
「台車がある」
「台車?」
「この台車、人が2人くらい乗れそうじゃない?」
「ばかな、こんな怪しい乗り物に乗るなど…」
「だけどさぁ?他に道はないぜ?」

かすがは辺りを見回す。
洞窟の中は暗がりで遠くまで見渡せないが、
ひんやりとした空気がこの台車の奥から流れてくるのは明白である。

「くっ、そのようだな。これも黒田の策略か?」
「さぁね。まぁとにかくいってみよーか。」

顎でしゃくってみせると、かすがは不服そうな顔をする。

「なぜ私からなんだ」
「え、いやほらレディーファーストってやつ?」
「いいからお前からいけ!」
「なんだよ、怖いの?」
「ま、まさか!」
「んじゃ別にいいじゃん」
「ふん、お前こそ怖いんだろう」
「そーそー。俺様怖いのよ」

俺様の華麗な返しに、さも納得がいかないように口をぱくぱくと開いてから、
かすがは恐る恐る台車に乗り込む。
長い手足を丁寧に折りたたんで鉄製の箱のなかにおさまると
台車の前の縁にそっと手を乗せ、こちらを見やりさっさとしろと吐き捨てた。

「押し込まれるのもいいもんだね。そんじゃ失礼してーー」

かすがの後ろに足から入って、背中にぴったりとくっつくと、台車は勝手に走り出した。

「変なところを触ったら承知しないからな」
「へーへー」

台車はぐらぐらと一つのなだらかな山を下ってから、その勢いで坂を登り始める。

「…嫌な予感がするんだが」
「そうね、俺様もそんな気がする」

登り切る前に止まってしまうのではないかという速度で台車は坂を登る。
カタンカタンと鈍い音が辺りに響く。
だんだんと、傾斜が強くなっているような気がする。
いや。気のせいではない。
傾斜が強くなったせいで、かすがは後ろに引っ張られ俺様を押し潰してくるし、
明らかに急な斜面を登っている。一体どういうからくりなのか、
台車に乗ったまま、俺たちはほぼ空を見上げていた(といっても真っ暗だけど)
「こういうのは私は、その、あれだ、」

声を震わせるかすがが何かを言いかけた時、台車は完全に停止した。

「なんだ?ここで終点かーーー」

ホッと肩をなでおろした瞬間、それは悲鳴に変わった。

「キャアアアアアアアア!!!!」

耳をつんざくような絶叫に思わず耳を塞ぐ。

「ちよっ、かすーー」
「私はこういうのキャアアアアアアアア!!キャアアアアアアアア!!」

台車のスピードは最高潮で、勢いよく坂をくだっていく。あまりの重圧にさすがの俺様も少し怯む。

スピードがやや緩やかになったと思ったら、後ろから見てもわかるくらいかすがは蒸気していた。

「なに、恥ずかしいの?」
「…みっともないだろ」
「ホント、みっともないねぇ」
「うるさい!」

「まぁとにかく、山は越えたようだし敵さん片付けよーか。」
「何?!」

よくよく見れば台車には機関銃のようなものが雑にくくりつけられていて、おあつらえ向きにこれで敵を倒してくださいと言わんばかりの代物だ。
狙うは黒田官兵衛。

狙うから補助頼むといいかけた途端、大きく前傾に投げ出された。

「ばーか、そこが終点だ」

お前ら忍びのくせにどんくさいなぁという黒田の高笑いがあたりに響くと同時に、俺様とかすがは静かな怒りの中でゆっくりと立ち上がった。

 

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