停電スイッチ

リビングで髪を乾かす彼女を尻目に、一人でディナータイムの俺様は、冷蔵庫から電子レンジへ夕飯を移しかえるとつまみを回す。 レンジの中をぼんやり覗き込めば、バチッと何かが光ってあっと声をあげる暇もなく目の前が真っ暗になった。
「なんだ!?」
静まり返った室内に、かすがの声が響く。 全ての電灯、テレビ、ドライヤー、冷蔵庫までもが機能を停止した。
「ごめん、電子レンジとドライヤーのダブル使いはダメだったみたい」
「ブレーカーか」
「ん」
暗闇から手探りで、ブレーカーのある玄関へ向かおうと壁を伝って歩き出した。 ブレーカーが落ちたのは久しぶりである。
「ブレーカーは玄関だったな」
既にかすがも行動を開始したのか、声が近くに聞こえた。
「確か玄関なはず」
言いながら手を前に突き出し、何かにぶつからないよう真っ暗な廊下を進む。 そろそろ玄関だろうというところで、何か柔らかいものに触った。 壁…にしては随分弾力がある。なんだろう、と疑問を口に出そうかと思った瞬間、頬に衝撃が走った。
「いってぇ!」
思わず声を上げれば間髪いれずに手のひらにも痛みが。
「どこを触っている、馬鹿!」
どうやらぴしゃりと手を叩き落されたようだ。 それにしたってひどい。嬉しいアクシデントではないか。
「んなこと言ったって見えないんだからしょうがないっしょ」
「この緊急事態に何を考えている!」
全く自意識過剰も甚だしい。
「揉むならまだしも、触ったくらいで殴らないでよ」
「そういう問題じゃない」
一体どういう問題なのか。暗闇で見えたもんじゃないけれど、 やれやれと肩をすくめてわざとらしく溜息をつく。
「とにかく。邪魔にならないように壁にでも張り付いてて」
「わかった」
かすがを押しのけ、玄関まで来るとなんとなく目が慣れて来たのかぼんやりモノが見えるような気がする。 確かブレーカーは上だったよなぁと玄関の上の方を触ると四角いものにふれる。 ふたの部分を上に開けると中にはONとOFFの簡易的なスイッチが並んでいるはずだ。 だが暗くてどれを上げていいのかわからない。
「ね、懐中電灯とか持ってないの?」
「持っているわけないだろ」
「どうすんのさ」
「携帯がある」
「ああ、そっか」
「ちょっと照らしてくれる?」
「よし」
かすがはそう言って俺様の隣に移動する。 ごそごそと何かをまさぐるような音がして、途端辺りに光が満ちた。
「うわっ、まぶしー」
久しぶりの光と、久しぶりのかすがの顔が光の中から浮かび上がる。 丁度目が合った。
「…………」
「どうした」
「…ムード、あるよね」

「ない」
さっさとやれという声にムードはブチ壊れたが、仕方なくブレーカーに向き直ればしっかりスイッチが見えた。 ひとつだけOFFになっているのが恐らく主電源だろう。 俺様は迷うことなくスイッチを上げた。
「お仕事完了!」
そういうなり部屋の電気がついた。
「次に私がドライヤーを使っている時はレンジ気をつけろよ」
「はいはい」
「よし。スイッチはこれだけか?」
「…そういえばもう一箇所あったかも」
「どこだ?」
「ここだ!」
胸のスイッチを人差し指で思い切り押せば、さっきより強い平手打ちを食らった。

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