盾と矛

「覚悟!」
そう聞こえるや否や、衝撃とともに前方へ突き飛ばされ、土の上に四つんばいに手をついた。首だけひねってそちらへ目をやれば、賊の腕を容易く捻りあげる男の姿。 賊が持っていた短刀の間に割って入ったのか。 というより、一体何処から現れたのか。 佐助の手の甲には一文字に傷が刻まれていた。 滴る血を見ながらすぐさま立ち上がる。 これ以上無様な姿は見せられなかった。
「…何の真似だ」
「ピンチに飛んできたって言うのにご挨拶だねぇ」
「そいつは私の獲物だ」
「不意を突かれたくせに良く言うよ」
「うるさい!さっさと放してやれ」
「全く…。俺様は知らないからね」
顔をしかめたままパッと手を放すと、賊は舌打ち一つ瞬時に森の中へ消えた。 恐らく里の追っ手だろうが、いずれ私がやる。 小さく溜息を吐いて男を睨みつけた。
「余計なことをするなと言っているだろう」
「…お礼の一つでも言ってもらっても罰は当たらないと思うけど」
へらへらと苦笑して肩を竦める男をよそに、ことさら大きく溜息を吐く。 こいつがいつもいつも私を庇うのが我慢ならなかった。 こんな奴に守って貰わなくとも私一人で充分だというのに。 もやもやした気持ちを振り払うように下唇を噛んで、懐から真っ白な手ぬぐいを取り出すと、無言で佐助に押し付けた。
「何?」
「…使え」
「わお、やっさしー」
手にした手ぬぐいを手に巻きつけながら、軽口を叩く。
「私より先に死なれたらかなわんからな」
「あら、心配してくれてるわけ?」
「…夢見が悪くなるのはごめんだ」
佐助は、私を一瞥してから鼻を鳴らす。
「まぁ俺様は優秀だし、かすがより先に死ぬことはないっしょ」
「…優秀な忍びが人助けか?」
自信満々な男に失笑交じり、冷ややかな視線を投げかければ、男は目を丸くする。 参ったねぇなどと破顔して頭をかいてみせると、照れたような目線を送ってくる。ひやりと背筋が粟立った。
「一体何がおかしい」
「ほら、まぁ、あれだよ」
「…なんだ」
「愛っていうかさぁ、ほら、そういうことだって」
「どういうことだ」
「えー?それを俺様の口から言わせちゃうわけ?」
気味の悪い口調でそう言って節目がちにこちらを見やる。 ぞわぞわと不快な気持ちが押し寄せるが、何とかこらえた。 これ以上ここにいると危険だと本能がシグナルを発している。 何事もなかったように足早に駆け出すと、佐助も後ろから追って来た。
「ついてくるな!」
「残念ながら俺様もそっち方向なのよね」
さらに足を速めるが、男は依然として平気な顔で同じようにスピードを上げる。横目でこちらを見やる男は、わずかに顔を歪め苦笑する。
「もうさ、最近こうやってストレス発散でもしないと俺様参っちゃうよ」
「男ならしゃきっとしろ」
佐助は眉を潜めると、何が寒いのか体を震わせた。
「かすがまでお館様みたいなセリフ、言わないでくれる?」
「お前は武田信玄を見習って、もっと男らしくなった方がいいんじゃないか」
美しくはないがな、と付加えれば、佐助は仏頂面で口を尖らせる。
「俺様はフェミニストなわけで」
「お前はいちいち女々しいんだ」
「俺様だって男だっつーの」
「お前に男を感じたことはない」
「…そんなに言うならちゃんとついてるか確かめてみます?」
「死ね」
「さっきは俺様より先に死ぬなって言ったくせに」
「…やはりお前は男らしくない」
フンと佐助を一瞥すると、駆けるスピードを一気に上げた。

Since 20080422 koibiyori