玉と棒と穴の話

食事が終わってからはいつも、かすがと二人お茶をすする。
まるで老後の夫婦みたいだけど、網戸からは良い風が入ってきてスイカでも食べたくなるような陽気だ。
テレビからは現在の景気について熱い議論が交わされている真っ最中。
テーブルにひじをついてぼんやりしているかすがが、ふと呟いた。
「明日、暇か?」
「え、なんで?」
俺様が顔をあげると、かすがは気まずそうに目をそらす。
一体何さという視線を投げかけながら熱めのお茶をすすった。
「…出かけないか」
危うくお茶を吹きそうになりながら、なんとか耐える。
まさかかすがの方からデートのお誘いとは、一体どういうつもりだろう。嬉しい反面、怖い気もした。
「…デートに誘ってんの?」
「バ、バカ!そんなわけあるか、ちょっとヤボ用でな」
「ヤボ用?」
「ああ、今度謙信様と取引先の方とでビリヤードをすることになってな」
かすがは、私はビリヤードはやったことがなくてだな、としどろもどろに恥ずかしそうな声色で続ける。
どうやら仕方なく俺様をご指名のようだ。
謙信様に教えてもらえよと真っ先に思ったが、それもなんか嫌だったので、やれやれとため息を吐いて俺様だってそんな上手くないよと苦笑する。
「いや、上手い下手はともかく、ルールくらいは知っているだろう?」
「まぁね」
「私も球を穴に入れることくらいは知っているんだが」
「たっ、たまを穴に?」
別にどうってことはない単語のはずだが、かすがの口からその言葉が出るとなんだか卑猥な気がしてしまうのは俺様だけだろうか。
「そうだろう?」
「え、あ、うん、そうね」
「うまくやらないと中々入らないと聞いた」
「な、中々入らない?」
「そうだ球がな」
「玉じゃなくて棒じゃ――」「え?棒は入れなくても良いんだろ?」
「いや、そうじゃなくて、穴に入れるのは…なんでもない」
なぜか無性に顔が熱くなるのを感じて、つい両手で顔を覆った。
「とにかく、やってくれるか」
「お、俺様でよかったら喜んで?」
「悪いな」
かすがはそう言うと俺様に背を向けた。
なにやら気まずい雰囲気。照れているのだろうか。
可愛いやつめと思うと同時に、むくむくといたずら心が湧いてきた。
「ねぇ、かすが」
「なんだ」
「今からちょっとやってみない?」
「やってみるって…台になるテーブルはいいとして、球も棒も穴もないぞ?」
「いーのいーの。みんなあるから」
「…本当に大丈夫なのか?」
かすがはこれ見よがしに訝しげな視線を送ってくる。
どうやら俺様のことが心底信じられないらしい。
大丈夫大丈夫と微笑を浮かべたまま、かすがを促した。
「じゃあまず布団に寝転んでくれる?」
かすがはそれを聞くなりたっぷり沈黙する。
その後に、やっとのことで言った。
「…お前はさっきから一体何の話をしている」
「えっと、玉と棒と穴の話?」

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