性質

「佐助、お主卵焼きがまだ残っておるぞ?」
物欲しそうな顔をして、旦那が俺様の夕飯を覗き込む。もうとっくに食べ終わっているくせに、とんでもない食欲だ。旦那は、もしいらないなら――なんて言いながら箸を卵焼きに伸ばす。俺様はその手をぴしゃりとたたき落とした。
「だーめ!好きなものは最後まで残しておくたちなの!」
呆れながら睨みつけると、旦那は口を尖らせて渋々手を引っ込める。やれやれと小さく溜息をつくと同時に伝令が慌ただしく駆け込んで来た。
何事かとその場にいた全員がそちらに目をやる。

伝令は肩を上下させ、息をつまらせながら言う。
「う、上杉のっ、捕虜が、暴れていますっ…!」
ざわめく兵士達の中でやっと起きたか、なんて頭の片隅で冷静に考えると旦那に目で合図する。
旦那が静かに頷くのを視界の隅で捉え用意された捕虜用の夕食を手にして、部屋を後にした。



じめじめと陰鬱な地下への階段を下りていくと、鎖に繋がれている女がいの一番に目に入った。金色の髪を振り乱し、何かをヒステリックに叫んでいる。彼女をなんとか鎮めようと試みる衛兵はほとほと困り顔で、俺様に気がつくと丁寧におじぎをして階段を上っていった。
そんな衛兵の様子を見て、かすがはこちらを向いた。俺様と目が合うなり、反射的に名が呼ばれる。
「さるとび――さすけ…っ!」「はーい」
わざとらしく笑みを浮かべてみせれば、さも嫌そうに顔をしかめる。眉間をこれ以上ないくらい寄せて低い声で呻くように呟いた。
「…なぜ、助けた」
そんなに怖い顔しなくたっていいのに。
「さて、どうしてでしょう?」
口の端を持ち上げたまま疑問調で言葉を返して、持って来た夕食をかすがの前に無造作に置く。はら減ったろ?と尋ねれば言葉の変わりに怒声が飛んできた。どうやら俺様に食べさせてもらう気は皆無らしい。
「ふざけるなっ…!」
地下牢に大きな声が響く。
「あのお方は…、謙信様は…もう…!」
「死んだよ。だから?」
かすかに震えている語尾に追い打ちをかけるように畳み掛けた。真っすぐにかすがの瞳を捉えれば、かすがは俺様から、現実から、目を反らし唇を噛み締める。
とうとう堪えきれなくなったのか身体も震え、かちかちと鎖が音を立てた。
「殺せ」
「主がいなくなった今、剣は朽ちていくだけだ」
「殺せ…!」
もはや限界なのだろう。
かすがは、ぽつりぽつりと言葉を吐き出す。
何も言わずに見つめていると懇願するように声を上げた。
「殺せぇっ…!」
瞳にはうっすらと涙を浮かべたまま、泣き崩れるように半ば絶叫する。
やーだよ、と微笑めばかすがは絶望を瞳に浮かべる。
誰が殺すかよ。
絶対に殺しはしない。

なぜだか口の端は上がったままで、気味が悪いくらい、“ハイ”だった。
上杉謙信がいなくなったからか、かすがが自分のものになったからか。
とにかく嬉しくて仕方がなかった。

後から後からこみ上げるものを微笑みに変えて、かすがを優しく撫でた。
そして嗚咽を漏らす女に囁くように言った。

「俺様、好きなものは最後まで残しておくたちなんだよね」

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