食欲の秋

かすががマツタケを食べたいとか言い出したのは、
炊き込みご飯を夕飯に出したときだった。
「マツタケが食べたい」
「…何よ、やぶからぼうに」
「マツタケが食べたい」
聞けば昼の番組で秋のマツタケ特集をしていたらしい。
どうせ我が家のキノコは、よくて椎茸だ。
「秋といえばマツタケだろう?」
「マツタケはないけど俺様のマツタケなら――」
「ふざけていると殺すぞ」
わざとらしく咳払いをすれば、かすがの冷ややかな視線がこちらに突き刺さる。
ほんの冗談だっていうのに、わからない奴め。
「…かすがったらマツタケなんてお高いもん、食べた事あんの?」
探るように言えば、かすがの眉間には深くしわが寄る。
悔しそうに下を向くと、ぽつりと呟いた。
「…あるわけない」
「だったら――、諦めるんだね」
そんな高いもの。と続けると、かすがは大きく目を見開いた。
「そっ、そんなに高いのか?」
「そりゃあね、天下のマツタケ様だもん。一本1万円くらいするでしょ」
「………」
そう言って脳裏にマツタケ様を思い浮かべた。
確か最後に食べたのは、伊達の家で…だと思う。
物凄い小さなキノコの切れ端を出されて、食べた割には味がしなかった。
もっと沢山一度に食べればおいしさがわかるのかも知れないが。
正直(俺様が庶民派なのかも)うまいともあんまり思わなかった。
「そんなすんげー美味いって感じじゃないよ?」
「私は今まで一度も食べた事がないんだぞ?」
「秋といえばサツマイモだってあるんだから」
「サツマイモか…」
「そうよ。そろそろ石やきいも屋さんが出てきてもいい時期だよね」
そう言った途端、計ったように外から『いしやーきいもー』とスピーカー越しのくぐもった声が聞こえてくる。
「ほら、来た来た」
「だが私は―――」
そんなにマツタケが食べたいのだろうか。
かすがは箸を持ったまま、真剣な瞳で炊き込みご飯を見つめていた。
マツタケ1本1万円。
二人で割っても5千円。
脳裏でお金が飛んでいくイメージが浮かんだが、
そんなに食べたいのならなんとかやりくりしてみるか。
小さく溜息をつけばそれを肯定に捉えたのか、かすがが勢いよく声を上げた。
「良いのか!?」
「ん…まぁ、なんとかやってみましょう」
目を輝かせる彼女に“た・だ・し”と付け加える。
かすがの目の色が、途端に険しいものに変わった。
「俺様のマツタケを――「お前のは良くてシイタケだろ」
「………」

やっぱり明日、マツタケ買ってこようと思った。

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