スポーツの秋

家に帰ると、見たこともないような器具が半分くらいの完成度で置いてあった。
「ちょっ、何ですかこれは」
俺様を背にして黙々と組み立て作業を続けるかすがに問いかければ、かすがは振り返りもせずに俺様に取扱説明書を手渡した。
渡された冊子の表紙に目をやれば、『簡単!誰にでも出来るサンドバック』と書いてあった。
「何ですかこれは」
「…見て分からんのか」
「いや、そーでなくて…」
そこまで言いかけてふと思い出した。
そういえばかすがは先月もダイエットボールなるものを購入していた。その時も同じように家に帰ったらリビングにでっかいボールが置いてあって。
確か一週間もしないうちに見かけなくなった。
こういうお決まりのパターンにマジではまるやつがいるのかと半ば呆れた溜息を吐けば、かすがからは“なんだその溜息は”とお怒りの声が上がる。
「どーせまたすぐに飽きるでしょ」
「今度は絶対に大丈夫だ!」
「先月も同じようなこと言ってたよ」
「うるさい!!やってみなきゃわからないだろ!」
ムキになるかすがを他所に、へいへいそーですねと苦笑する。
見てろよ!と宣言されたその10分後ぐらいに、ドスドスと音がし始めた。
「ちょっとちょっと!ご近所に迷惑じゃないの?」
「この家の壁は結構分厚い。大丈夫だ」
一体何を根拠に言っているのかわからないが、自信満々で言う。
「…それよりお前」
「ん?」
「写真、ないか?」
「へ?何の?」
「お前の。出来れば一人で写っているやつが良いんだが」
「え!なんで?」
「いや、ちょっと…欲しいんだ」
「ま、まさか定期入れとかに入れる気じゃ――「大丈夫だそれは絶対にない」
俺様の写真を欲しがるなんて、一体どういうつもりだろうか。
期待半分、不安半分でアルバムに挟んであった一番男前に写っている写真を渡した。
かすがはそれを手にして踵を返すと、またしばらくしてドスドスという音が部屋の中に響く。
それから30分も経っただろうか。汗だくの彼女は、タオルで顔を拭くとそのまま風呂場へ直行した。
さっき写真を渡したときからの嫌な予感がぬぐえない。
シャワーの音が聞こえたのをしっかりと確認してから、サンドバックへ近づいてみた。

白い骨組みに支えられたサンドバックは、意外にしっかりとした作りだ。
いわゆるサンドバックらしさもあまりなく、女性向けの感じがする。
白いサンドバックの丁度目の高さくらいに、何かが張り付いているのを見つけて驚愕した。
「マジかよ…」
思わずそう口に出すと、張り付いているものをまじまじと見る。
どう考えてもこれ、俺様だ。
しかもさっき渡した一番男前の写真。
さらに言えばここに何か写真を入れるのは仕様になっているらしい。
メーカー側の配慮なのか、丁度写真サイズのものが入るように出来ている。
憎い奴の写真をここにいれてストレスを解消するのか。
これってなんか牛の刻参りみたいじゃないの?
女って怖えぇ…とごくりと唾を飲み込んだ。
先ほどあげたばかりの男前の俺様は、かすがに数回殴られたからかやや悲しそうな顔をしている。
これはひどすぎる仕打ちだとそっとサンドバックから俺様を救出すると、
急いでかすがの部屋に入り、その辺にたくさん貼ってある謙信様の写真を変わりにサンドバックの写真入れに挿入した。
そして自分の写真をかすがのベッドの天井――丁度顔のくる辺り――に丁寧に貼り付けると、
これで良しといった具合にソファに寝転ぶ。
寝るときにかすががどんな反応するか、今から楽しみだ。

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“簡単!誰にでも出来るサンドバック【使い方】
1.写真ケースについて
憎い相手を入れてもよし、好きな人を入れてダイエットの励みにするもよし。”

さぁて、どっちだ

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