嫉妬

事の始まりは真田隊ご一行が仰々しく我が領地を訪ねてきた時だった。 はじめに感じたのは強い“悪寒”。
風邪でも引いたかと思うほどの寒気。 違和感を抱きながらも特に気にも止めず小間使いに呼ばれて外に出た。 たまたま他の武将が出払っていたため対応に出た私は、どうして別のものを出さなかったのかと少し後悔をする。 そこには満面の笑みで他の忍びを引き連れた真田隊の隊長の姿があった。
「やっほー」
「…真田忍隊の面々がどういったご用件だ?」
あくまでも客人として。いつもの態度を出さないようヘラヘラと笑う男に尋ねる。
「これは失礼。近くまで寄ったもんでさ、ご挨拶ってわけ。」
私の接待モードを感じ取ったのか、佐助は皮肉っぽく言う。 相変わらず暇そうだな、と 目で訴えかけようとした瞬間。 殺気にも似た強い視線を感じとった。
「!」
驚いて視線の方向を見やれば、真田隊には珍しいと言えるくのいちが私を睨みつけていた。 目が合うと、益々きつい眼差しが私を貫く。 真田忍隊のくのいちが私になぜ眼を飛ばしているのか。
「軍神さんはご在宅?」
「え、あ、ああ」
佐助の質問に、視線をなんとか外して努めて冷静を装った。 内心ではなぜこの女が私に明らかな敵意を持っているのか、 里からの暗殺者ではないのかと嫌な考えが次々と浮かぶ。
「じゃあ、悪いんだけどお目通しを頼むよ」
「え?」
「お目通しだよ、お目通し。」
「あ、すまない、本日謙信様は前田家に出かけている」
「…さっきいるって言ったじゃん」
「間違えた」
「おいおい、間違えるなよ」
「すまない」
「具合でも悪いの?」
「いや…」
佐助はまじまじと私の顔を不思議そうに見やる。
「…いないんじゃ来た意味がなかったな。じゃあまた今度来るよ」
そう言って首だけ後ろを振り返ると、他の忍びに顎で指図をする。 くのいちはまだ私を睨んでいたが、佐助が後ろを振り返るなり 視線を戻し、何事もなかったように小さくうなずいた。 解散の合図でも施したのだろうか。 全員が間髪入れずにちりじりになると佐助は顔をこちらへ向ける。 佐助がこちらを向いた瞬間、小さくあの女の舌打ちが聞こえた…気がした。
「………」
「ふー、堅苦しいったらなんのって」
やれやれと肩をすくめて見せるとわかるでしょ、と同意を求められた。
「あのくのいち…」
「何?くのいち?」
「あの女、何者だ?」
声を潜めて尋ねれば、佐助は目を丸くする。
「なんで?顔見知り?」
「いや、随分殺気を身にまとっているなと思っただけだ」
「殺気ィ?そう?俺様には感じなかったけど」
「お前ともあろうものが感じなかったのか?」
「気のせいじゃないの?あいつ、悪い奴ではないよ」
「………」
どこか納得がいかない感情を沈めるために私は押し黙った。 佐助でも気づかないわずかな殺気だというのか。 私にはあんなに敵意をむき出しと言った感じだったのに。
「あいつは中々仕事もできるし勘も鋭い。かすがほどじゃないけど少し抜けてるところもあって―――」
「黙れ!」
佐助は突然私に怒りの矛先を向けられ面喰ったようだ。 未だ私の悪寒は引かないまま。 あの女がどこから見ているとも限らない。
「どしたの」
「う、うるさい、ちょっと…黙っててくれ」
「客人が目の前にいるのに考え事ォ?」
「用が済んだのなら、さっさと帰れ!」
「何をイライラしてんのさ、生理前?」
「死ね!」
佐助を罵倒すると、さらに悪寒はひどくなった。 この悪意のある視線は。感情は。 あのくのいちは――――。
「かすが?」
「…お前はあのくのいちに好意をもっているのか?」
「はぁ?」
つい口を滑らせてしまい、佐助は目を丸くする。
「い、いや、お前がそこまで褒めるのも珍しいと思ってな」
慌てて弁解するももう遅い。男はそういうことね、と謎の見解を示した。
「違う!あの女はお前に気があるようだから…」
なぜか消え入りそうな声になってしまい、いらつきが増す。 節目がちになる私とは対照的に佐助は益々目を丸くする。
「あいつがぁ?初耳だな」
「一目瞭然だろう」
「女の勘ってやつ?それとも同じ男を愛する身として?」
「女の勘だ。私がお前に好意をもっていると誤解されてはかなわん」
「はいはい、妬かない妬かない」
「だから違う!あのように敵意をむき出しにして、また来られたら今後の仕事が―――」
「大丈夫、俺の女はお前ひとりだ…!」
「…人の話を聞け」

「それに。お前に俺が好意をもっていたとしたらどーするわけ?」
人の話を聞かない男にますます悪寒はひどくなる一方だった。

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