思春期

教室に入るなり、なぜか俺の机の上で突っ伏しているオレンジ頭が目に入って、俺は迷うことなくそちらに近付くと
思いっきり頭をはたいた。
「あたっ!何すんのさ」
猿飛は眠たそうな顔で後頭部をさすると睡眠妨害なんだけど、と喚き立てる。
「そこはmy deskだ。お前こそイカレちまったか?」
「ここがあんたの机だってことくらい知ってるよ」
「じゃあなんでテメェがそこで寝てんだよ」
苛立たしげにそう言えば、猿飛はかすがを待ってんだよ、とふてくされる。
「テメェの言うことは意味不明だ」
そう吐き捨てると、相手にしてられないとばかりに荷物をロッカーに投げ込んで乱暴に猿飛の席に座る。
これみよがしに足を投げ出してやった。
「…なんで俺様の席なのよ」
「Ha!小十郎を待ってんだよ」
猿飛は興味なさそうにふーんと呟いて、机を枕に瞳を閉じた。
放課後独特の遠くで聞こえる喧騒がしんと静まり返った教室内を包み込む。
俺もついうとうととあくびをしたところにガラガラと教室の扉が開く。
俺は目だけを動かして、そちらに目をやった。 
「佐助!」
入って来たのは金髪美女ならぬ、猿飛お待ちかねの美女。
俺には見向きもせず、つかつかと中に入ってくるなり猿飛の頭を引っ叩いた。
「いってぇ!何!?」
明らかに不機嫌な様子で顔を上げるが、相手がそれとわかると途端に顔が緩む。
「かすが!おっそいよ~!いつまで俺様を待たせるのさ」
「ふざけるな!お前も日直なら少しは手伝ったらどうだ」
美女は目を吊上げると、黒板の清掃は終わったのか!と捲し立てる。
「終わったよ、終わったって」
「よし、じゃあ私は日誌を届けに行ってくるからお前は花瓶の水を変えておけ」
強い命令口調で言い終えると、猿飛が口を挟む前にさっさと教室から出て行った。
「お前のGirlfriend、おっかねぇな」
「…花瓶の水変えてくんない?」
「No thank you」
猿飛は低く舌打をすると、だるそうに立ち上がった。
そして大きく伸びをしたところで、またもや教室の扉が勢いよく開いた。
「佐助!」
日誌を抱えたまま息を弾ませて金髪美女が戻って来た。
猿飛が目を丸くしているのも構わずに、美女は続ける。
「お前水飲み場の石けんを補充していないだろう!」
「…あ、忘れてた」
「さっさと行って補充しておけ!」
半ば怒鳴るように言って身を翻すと、教室の扉をばしんと閉めて行ってしまった。
ここまで来るとあの女が怖いのではなく、猿飛の奴がのろまなのだろう。
猿飛はやれやれと溜め息をつくと、のろのろと窓際の花瓶に近付く。
花瓶を手にしたところで、また扉が開いた。
「佐助!」
「今度はなに」
「これはついでなんだがロッカーの整理もしておいてくれ」
「えーー、働かせすぎでしょーが」
「うるさい!日直の号令を全て私にやらせた罰だ」
頼んだぞと念を押すと、今度こそ彼女は行ってしまった。
さすがにさぞかし嫌そうな顔をしていると思ったのに、予想に反して猿飛はニヤニヤしていた。
「テメェ…何ニヤニヤしてやがる」
「かすがってさぁ…」
「Ah?」
「俺様のこと好きじゃね?」
「…………………」
ごくりと唾を飲み込んで、
それはないと思うぜとやっとのことで言った。

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