白い粉のゆくえ

小さな小鉢の中に合わさった白い粉を見て、つい口元が緩む。
「や、やったぞ…ついに完成だ…!」
毎日少しづつ、任務の合間に材料を集めた甲斐があった。 震える手で小鉢を手にすると、それを少量薬包紙の上に落とす。
「里に伝わる幻の秘薬…これを飲んだ人間はたちどころに相手のとりこになるという…」
もう一度かみ締めるように完成だと口にすると、 突然天井板が外れ、振ってきた。
「何だッ!?」
慌てて天井へ目をやると、ぽっかり空いた天井から見たことのある顔が面白そうにこちらを見ている。天井裏で、さもくつろいでいたように頬杖までついて。
「…で、誰に使うわけ?」
「さ、さるとびさすけッ…!!き、貴様一体何処から!」
「もちろん屋根ですけど?」
「そ、そんなことはわかっている…!」
「お宅んとこ、ちょっと無用心なんじゃないの?」
佐助は警備少なすぎと皮肉めいて苦笑すると、屋根裏から私の目の前に降り立った。
「それでこの薬。どーすんのさ?」
「そ、そんなことはお前には関係ない!」
「どーも戦場に出てる間もキョロキョロ落ち着き無いから気になってたわけよ」
へらへらとそう言って、私から薬包紙を奪い取ると犬のようにフンフンと匂いをかいだ。
「あっ、おい!」
「あのお方にでも使おうってワケ?」
「違う!!私は、その、任務に使おうとしていただけで、決して、その、少しだけ酒に混ぜてみようなどとは…!」
「…あらそー。どんくらい効くのか試してみた?」
佐助は私に目配せをして見せると、懐から竹で出来た水筒を取り出す。 そして私が作った薬を口に含むと、ごくごくと一気に水を飲んだ。
「お、お前…、何を…!これはまだ効くかどうかも…し、しかもお前が飲んだら…」
何を勘違いしているんだと、慌てて佐助に駆け寄ると、佐助は私の唇の前で人差し指を立て、にっこり微笑んで私の体を引き寄せる。
「んんっ…!!」
一瞬の隙に無理やり私の唇を奪うと、佐助の口内から水が浸入してくる。 わけが分からないまま混乱した私は、鼻で息をすることも忘れ 苦しくてつい水を飲んでしまった。 全ての水が、佐助から私の口内へ移動すると佐助は見届けたように唇を離した。
「おいしい?」
「き、キサマ…!!」
左腕で唇をぬぐい、区無を構える私に切られてはたまらないと 佐助は一歩後ろへ下がると、腕を大の字に広げ笑う。
「どーよ、俺様を見て何か感じる?」
「…………」
私は佐助を上から下まで眺め舌打ちをした。 誰がこんなやつのとりこに…、とりこになってたまるか…!
「佐助」
真顔でそう言って苦無を床に捨てると、佐助の方へ一歩踏み出した。
「ちょ、どーしたの」
「佐助…!」
「ちょっと、マジで効いてきちゃったワケ?」
無言のまま佐助を見つめれば、 佐助は困ったようにオロオロと私を眺めている。 もう一度佐助、と名を呼べば、佐助はかすがと呻くように呟いた。 奴と充分な距離に近づいたのを確認して、佐助の頬に手を添えた。
「か、かすが――」
「そんなわけないだろう馬鹿!」
置いた手をまた離し、強烈なビンタを食らわせると 佐助は涙目でこちらを見ている。
「ちょっとちょっとぉ!冗談きついって…!」
「うるさい!!さっさと消えろ!失せろ!死ね!」
「はいはい、わかりましたよ!つうか全然効かないじゃんよーそのクスリ…」
軍神には使うなよな!と喚くので、もう一度うるさいと一蹴する。 佐助は肩を竦めると退散退散と天井の闇に消えた。 佐助の気配が完全に消えるのを待ってから、低く低く舌打ちをした。
まだ胸の辺りが熱いのは、ただ単に今日が熱いせいだ。 夏ももう終わりだというのに残暑が厳しいせいだ。 そうに決まっている。そう呟いて作った薬をゴミ箱へ捨てた。

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