恋愛運上昇中

一体何を怒っているのか、かすがは街路樹が生い茂る遊歩道をずんずん進んで行く。
一歩踏み出すごとに制服のスカートが翻って、俺様は内心ヒヤヒヤしていた。
「ちょっと、かすが早いって」
「うるさいお前が遅いんだ」
俺様を振り返ることもなく俯いたまま言う。
本当に一体何を怒っているのか検討もつかなくて、かすがの斜め後ろを歩きながら首を捻った。
唯一思い当たる原因と言えば、今日の席替くらいか。
偶然にも俺様は、(まぁ色々な面々に根回しはしたけど)かすがの隣に座れた。
かすがとは
『お前が隣とは最悪だ』『ね、運命って言葉知ってる?』
というようなやりとりをしたわけで。
正直その時のかすがの顔は、思い出したくもないけど、たったそれだけでそんなに怒る事ないんじゃないの?
だいたいその後、うっかり忘れた教科書も見せてくれなかったし、うっかり床に落とした消しゴムだって拾ってくれなかった。
どちらかと言えば怒りたいのは俺様なんだけど、かすがが怒ってちゃ何にも始まらない。
やれやれと肩を竦めると、仕方なく斜め前を歩くかすがに呼び掛けた。
「ねー、まだ怒ってんの?」
「…怒ってなどいない。だから話し掛けるな」
“怒ってんじゃん”という言葉を飲み込んで、俺様は変わりにため息を吐く。
「今日のは本当に偶然なんだって。運命って言うのも冗談だし」
「………………」
かすがは俯いたまま歩みを止めない。
なぜわざわざ自分の口説き文句を説明しなければならないのか。
「そんなに俺様の隣が嫌なわけ?」
「………………」
かすがは黙っている。
ただひたすらに下を向いて、前進していく。
「…だったら慶次と席変わってもらおうか」
「………………」
「かすがったら!」
あまりに華麗に無視されたので、つい苛立ってかすがの腕を掴んだ。
「あ!!」
「え!?」
突然声を上げられ、驚いて手を引っ込める。
そんなに触られるのが嫌だったのだろうか。
「な、何?」
「くそっ、お前のせいで赤い枠からはみ出てしまったじゃないか!」
「は?」
「赤い枠だ!知らないのか?」
「な、何だよ、赤い枠って」
俺様の質問に、かすがは目を釣り上げたままこれだと言って地面を指差した。
遊歩道に埋め込まれたタイルのひとつをつま先で踏んでみせる。
「ここを踏みながら帰るとな、恋愛運が上がるらしいぞ」
確かに長方形のくすんだ赤いタイルが遊歩道に点々と広がっている。
恋する乙女の目でそう言うと、また赤いタイルを踏みながら歩き出す。
「お、怒ってたわけじゃないのね」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
スカートが翻るのをぼんやり見つめながら、安堵のため息をもらす。
せっかくだから俺様も赤いタイルを踏んで帰ることにした。
「俺様も恋愛運上がるかな」
「女子限定だと思うぞ」

「エッ」

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