リジェネ

時刻は午前0時を回っている。 風呂上がりにソファに座ってテレビを眺めていると、佐助が帰って来た。
“ただいま”と消え入りそうな声でヨロヨロとリビングへ入ってくるなり、 私を押し退けるようにしてソファを占領する。
「おい、今テレビを見ているんだ」
「お願いご飯」
疲労困憊、といった感じで佐助はソファにうつぶせのまま手のひらをひらひらと動かす。 ここ数日の奴は、それはそれは多忙そうだ。所謂繁栄期なのだろう。 連日夜遅くに帰って来ては泥のように眠り、朝も早くに家を出る生活が続いていた。
この有様にはさすがの私も少し同情する。 無言で立ち上がると、今日余り物で作った夕飯のおかずを冷蔵庫から電子レンジへうつしつまみを回した。 保温の炊飯器からご飯をよそっていると、ソファの方から声が上がる。
「…ビール」
「ここんとこ毎日じゃないか」
「飲まなきゃやってられないよ」
「そのうち体を壊すぞ」
「今だけだもーん」
聞く耳を持たない佐助に辟易しつつ、渋々冷蔵庫からビールを取り出した。 テーブルへ勢い良く置けばありがとうございますとうつぶせのまま呟く。 タイミング良くレンジがチンと鳴って、私はよそったご飯とともにおかずを手際よくテーブルへ並べた。
〝出来たぞ〟と声をかけ、邪魔だとばかりに佐助を押し退けて占領されたソファを取り返す。
佐助は上半身をやや浮かせて私の座る場所を作るが、俺様疲れてんのにと文句も一応いう。
早く食べろと目で促すが、男は何も言わずに私の太股へ顔をうずめた。
「おい。さっさとしろ、冷めるぞ」
早く退けと続けるが佐助はうんともすんとも言わない。
あんまり顔をうずめたまま動かないので、よっぽど疲れているのかとやや心配になった。
過労死するような人間とはまさしくこんな感じだろうか。 しばらく黙って眺めていれば、佐助は唐突に仰向きに裏返る。 顔を天井へ向けて、まるで膝枕のような格好になってしまった。
「どーしたの?抵抗しないなんて珍しいじゃん」
「…死者に鞭打つ真似はしない主義だ」
「えー?そんな酷い顔してる?」
「ああ、死相が出ている」
苦笑して目を閉じる佐助の表情は、本当にしんどそうに見えた。 少し真田に進言するべきだろうか。
「旦那に言う必要はないよ」
佐助は私の考えを見透かしたように瞳を閉じたまま言う。
「…人の心を読むな」
「かすがの考えることなんて目を閉じてたってわかるよ」
ホントに大丈夫だから、と佐助は笑う。 もし私が佐助と同じ立場だったら、同じような台詞を言っただろう。 それ以上何も言えずに押し黙った。
「なんかさ」
「なんだ」
「耳掻きのオプションとかないわけ?」
「………」
疲れている表情とは裏腹に次から次へと軽口の出る佐助を尻目に溜め息を吐く。
「私の耳掻きは高いぞ」
「せっかくだから頭でもなでてよ」
「…気味が悪いことを言うな」
「それで疲れが取れる気がするんだって」
「気のせいだろ」
「決めるのは俺様だって」
早く早くと頭を動かすしぐさは正直さぶいぼものだ。 私は佐助から視線を外すと、テーブルへ目線を移す。
「…早く食べないとさめるぞ」
まだ湯気が出ている夕飯を一瞥すると、佐助は視線を私に戻した。
「食べさせて」
「…甘えるな」
「照れるなって」
「照れてなどいない」
口をこれみよがしに開ける佐助に埃でも食わせてやろうかと思ったが、 とりあえずソファから床へ。 頭を掴んでごろりと転がした。

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