冷静と情熱の間

「俺様、結婚するんだ」
夕飯時、いつも通りの会話の中に、何でもない事のように佐助が言った。
そうか、とつぶやいて味噌汁を呑み込んで、今言った言葉の意味を反芻して思わず噴き出した。
「な、なん――」
「結婚。するんだ」
「は?」
佐助の顔をまじまじと見つめるが、表情は笑っていなかった。 心の奥がひやり、とする。
「新手の冗談か?エイプリルフールにしては冗談が過ぎるぞ」
「ううん、残念ながら本気」
「…本気で言ってるのか?」
「だからそう言ってんじゃん」
佐助の表情は変わらず硬い。
「…だ、誰と結婚するんだ?」
いつもなら冗談でも私の名前を上げそうなものだが、 帰ってきたセリフは思っていたものとは全く違っていた。
「かすがの知らない人」
「………」
まっすぐこちらを見据えられて、たじろぐ。 なぜ私がたじろがなくてはならないのか。
「…お前と結婚する物好きがいたとは驚きだな」
口をついて出た言葉は、どうしようもない皮肉だった。
「ごめんね」
「…なぜ謝る」
「だって、泣きそうな顔してるんだもん」
そう言われて、胸の奥が熱くなる。
こいつに見透かされていると思うと、悔しかった。
「今年の花粉がきついだけだ」
「ごめん」
「謝るな」
「ごめん」
「謝るなっ」
「ごめん」
「だって、お前はっ」
「ごめん」
「お前は、」
「ごめん」
「私が、」
とめどなく落ちる涙に構わずに言葉を続けようとしたが、その後はうまく声に出来なかった。 私は自惚れていたのだろうか。
口約束をしたわけでもないのに、一体何を信じていたのだろう。
「明日、出ていくから」
佐助の声が部屋に響いて、それ以上私は何もいえなかった。
一緒に住んだ期間が長すぎて情でもうつったのだろうか?
なぜか溢れる涙を抑えることが出来なかった。 佐助の視線を感じてはっと身じろぐ。
「これは違うぞ、うれし泣きだ」
「かすが」
「お前が出ていくのがうれしくて泣いているだけだ」
「かすが」
「なんだ!」
「ごめん」
「もういい、謝るな」
「本当にごめん」
「だから謝るなと言っている!」
「怒らないで聞いてくれる?」
佐助は、ばつが悪そうに私の手をとった。
「なんだ」
「いや、本当にごめん…え、エイプリルフールなんだ…」
本当にごめんと消え入りそうになる男に、本気で殺意が芽生えた。

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