終わらない恋になれ

この辺りの雑木林の中では、比較的立派な一本松に腰かける女がひとり。
腰をくねらせ木の幹に熱い視線を送る。


一体何をしているのかと、遠目で見ていれば
女は突然苦無を取り出した。

まさかと慌てて近付けば、苦無を一本松の方へ振りかざす。
なにやらじぐざぐと不思議な動き。
どうやら、松の幹に何かを彫っているようだった。

そっと真後ろに回り込み、かすがの手元を見れば、汚いが「謙」の文字が。

「もしかして、その先は信って続くわけ?」

我慢できずに背後から声をかければ、女の肩がびくりと震えた。
俺様の方へ振り向きもせず、文字を背中で隠そうと幹に寄りかかる。
「な、なんの話だ」
「いやいや、背中背中」
「いいか、お前は何も見ていない。ここへは来なかった!わかったな」
「想い人の名前なんか彫っちゃって」
「い、言うな!!」
「想い人の名前なんか彫っちゃって」
「黙れ!!」
「それに自分の名前も書き連ねようってわけ?」
「そ、そんな恐れ多いこと…できるわけないだろ!」
「んじゃ何してたのさ」
「べ、別に特に意味はない」
「意味もなく人の名前を彫らないでしょ」

捲し立てれば女はほとほと困った顔をする。

「ほ、本当に意味はない。ただ、こう、名前を刻むことでこの気持ちが永遠に風化しないような気がしてだな…」

最後の方はゴニョゴニョとよく聞こえない。ばつが悪そうに俺様をみやる。

「私の名前を隣にかくなんて最初から微塵も思っていない」
「んじゃ俺様が書いてあげるよ」
「なっ!?」
かすがから苦無を取り上げると、女の体をぐいっと左に傾ける。
先程刻まれた謙信様の謙の字が顔を出した。
「よ、余計なおせっかいはやめろ!」
「おせっかいじゃないさ」

俺様にだって、未来永劫刻みたい名前はあるわけで。

謙の文字の右隣に、かすがの文字を刻む。
女は不思議そうな顔で俺様の挙動を見守っていた。
なぜ俺様が軍神との仲を素直に取り持とうとするのか考えているのだろうか。
別に軍神との仲を取り持ちたいだなんて思ってもいないけど。

謙   か
   す
   が

いびつな謙の文字に並ぶかすがの文字。
苦無を返しても、続きを彫る様子はない。
「どったの?」
「…改めて並ぶとやはり駄目だな」
「駄目?」
「とても恐れ多くて、最後まで書けない」

何純情ぶってんのさという言葉は飲み込んだ。
「ついでだからさ、その横に俺様の名前も書いてくれない?」
「お前の名前も書いたらよくわからない感じになるだろ」
「んじゃいっそのこと真田の大将の名前も書いとこう」
「なんだそれは」

謙   か   佐
   す   助
   が

なんとか説得して、作成通り俺様の名前も隣に書いてもらった。
真田の大将の名前なぞ不要だ。

「ほらこうしてみるとさ、俺様とかすがの子供の名前が謙みたいじゃん。」

その後、俺様の名前の上に大きくバツを書かれたことは言うまでもない。


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