おんぶ ※過去捏造

「全く…忍びとは思えんな」
俺様の前方から、ひどく呆れたような声がさっきから二三上がる。 独り言のようにブツブツと文句を言いながら、 かすがはしっかりとした足取りで森の中を歩いて行く。
「ね、重くない?」
「重いに決まっているだろう」
まるで重たい荷物を持ち直すように、かすがは俺様を上下に揺らす。 やはり忍びとはいえ、大の男一人担ぐのは相当大変なはずだ。 俺様はなるべく負担をかけまいと、体を縮めた。
思い起こせば数分前。 俺たちは今日も今日とて、互いの任務のために共闘していた。 いつものように敵をなぎ倒して、任務は順調なはず…だった。
かすがが気を抜いたのか、俺様が油断していたのか。 背後から迫り来る敵に気がついたときは既に遅く、 俺様はかすがを庇うように肩を斬られた。 幸い傷は浅く、血もほとんど出なかった。 肩なんか斬られたくらいで死にはしないのに、 俺様を愛するあまり狼狽えるかすが。 安心させようとして、(調子に乗って、とも言う) 俺様は意気揚々とバク宙をしてみせた。 そして、着地失敗――。 見事に足を挫いて現在に至る。
慣れないことはしないほうが良い。 歩けない俺様を、かすがは仕方なくおんぶしてくれた。 (かすがには道中、散々馬鹿とか阿呆とか罵られたけど) 俺様は恥ずかしいやら格好悪いやら、何も言えずにかすがの背中に身を預ける。 かすがの小さくて細い背中が、今はなんだか大きく見えた。
「そういやさぁ」
「…なんだ」
「おんぶなんて子供の時以来だよね」
「…そうだったか」
「そうだよ、あの時はかすがが大泣きしてさ」
瞼の裏に、大蛇に遭遇して大泣きするかすがの姿が浮かぶ。
「わ、私は大泣きなんてしていない!」
「しょうがなく俺様がおぶって帰ったんだよね」
「フン、もう二度とお前におんぶされる事はない」
「俺様をおんぶしちゃってるけどね」
「…これは貸しだからな」
はいはい、と苦笑してかすがの肩に手を置いた。
「肩でも揉みましょうか?」
「いらん。お前は口を閉じろ」
「じゃあ違うとこ揉みましょうか」
「振り落とすぞ」
きゃーこわーいとおどけてみれば、 かすがの右手が上手いこと俺様の脚をつねる。 いててて、と呻いてごめんなさいと謝った。
「ね、どこまでおぶってくれんの」
半ば涙目になりながら問いかければ、かすがは一呼吸おいて 武田の領地までならおぶってやっても良いと 溜め息まじりに言った。
「マジで?じゃあお言葉に甘えようかな」
折角の好機を逃す手はない。 そう言って、かすがの背中に引っ付いた。
「やめろ、気色が悪い!体を離せ!」
かすがは俺様を振り落とそうと左右に体を揺らす。 俺様は仕方なくかすがから体を離し、耳元でささやいた。
「甘えるついでにもう一つ頼んでも良い?」
かすがは訝しげに後ろを仰ぎ見ると、なんだ?と嫌そうに言った。
「どっちかって言うとだっこが良いんだけど」
「ここで下ろされたくなかったら今すぐに黙れ」
今度こそ俺様は口をつぐんだ。

彩音@さんにイラストを頂いたお返しに! どうもありがとうございました!

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