お前が言うな

“武田軍が井伊直虎軍により甚大な被害”との伝令を聞いて、

私は謙信様の命により武田に偵察に来ていた。

 

城内に入ると、兵士たちはみな忙しなく壁の修理や自身の繕い、武器の手入れをしていたが、

どこか意気消沈しているように感じられた。

 

「あら、かすがじゃん」

背中から馴れ馴れしく声をかけられ振り向けば、佐助が疲れた顔で立っていた。

「何があった?」

「へ?」

「井伊直虎が来たのだろう?」

「あー。。そう。」

「皆暗い顔をしているな。」

「まぁね、そりゃあ誰だって…あんな面倒くさい…」

佐助は苦笑する。
「負けたのか?」

「いやー、負けてあげた、が正しいんじゃないかな。」

「そうか。」

「まさに嵐到来って感じだったね。」

「うちにも直虎は来たぞ。」

「上杉にも?軍神は何かいってた?」

 

軽く瞼を閉じれば、不器用な直虎の顔が浮かんでくる。

彼女は傷ついた心の処理をどうすればいいかわからずに、

ただがむしゃらに発散しているだけのように思えた。

 

だが根底にあるのは、私と同じ。

愛する人を想う心。

 

「…いや、女というのは弱いものだな」

「またまたー、あれは強いっしょ」

「根底の話をしている」

「そーお?まぁもうちょっとなんとかなれば惜しいなぁと思うけどね」

「そうなんだ。だから私も言ってやった」

「へぇ、なんて?」

「もう少し素直になれ、そうしないと幸せになれないぞ」

 

私のようなくノ一ならともかく、井伊家は由緒ある家柄だろう。

望めばいくらでも縁談はあるだろうし、彼女がもっと素直になれたなら、想い人とだってうまくいったかもしれない。

そう感慨に耽っていると、痛い視線。

 

「何が言いたい」

佐助が驚いた表情でこちらを見ていたので、苛立たしくなじる。

 

「もう一回言って」

「は?…聞こえなかったのか?」

「いいから、もっかい」

「…素直になれ、幸せになれないぞ」

「…………」

 

佐助はしばしうつむいてから、

唐突に私の肩を掴むと、前後に揺すった。

 

「かすが…素直になろ」

「何のことだ」

「…幸せになれないよ」

「う、うるさい!!」

 

Since 20080422 koibiyori