お受験お受験
玄関のチャイムを鳴らせば、まるで幽霊のように真っ白な顔をした彼女がこっそりと顔をのぞかせた。
セーラー服に大判のチェックのマフラーという女子高生最強装備で玄関口へ立つと、静かに扉を閉める。 おはようと声をかけるが返答はなく、小さく会釈をした彼女の口からはただ真っ白い息が零れた。
「緊張してんじゃん」
「緊張していない」
ふっかけるようにして尋ねれば、彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。 どっからどうみたって緊張しているのは一目瞭然である。
「昨日眠れた?」
「…あまり」
「まぁやるだけのことはやったじゃん」
「ああ」
小さく唇を噛む彼女は複雑な表情でため息を吐く。 それを見て、ふと自分の大学の合格発表のことを思い出した。 俺様も旦那に付き添われて行ったっけ。 確かにあん時はさすがの俺様でも緊張したな、と苦笑してガチガチの彼女を一瞥した。
「手でも繋いであげようか?」
あんまり頼りなさ気に見えたから気を使ってあげたのに、かすがはふざけるなと一蹴する。
「だいたいよく考えたらなんでお前が着いて来るんだ」
「そりゃもちろん俺様はかすがの家庭教師として事態の行く末を見守るのがトーゼンの義務なわけで」
「もし落ちたらどうするつもりだ」
「そんときは胸くらい貸してあげるよ」
そう言った途端、あからさまに嫌そうな視線を受けたので小声で付け足した。
「…サンドバック用に」
ふん、と俺様に流し目線を送ると、かすがは足早に歩き出す。
家から近いという理由だけで(恐らく憧れの上杉先生が来賓教授であることも関係している)決めた大学は、本当にかすがの自宅からは目と鼻の先で。 5分くらい歩けばすぐにその正門へたどり着く。
今日は合格発表日の初日ということもあり、正門は大勢の学生の姿でひしめきあっていた。 早足で歩くかすがの横顔をちらりと見やれば、それはそれは緊張感に満ち溢れた表情で、思わずくすりと広角が上がる。 とても話しかけて良い雰囲気ではなかったので、彼女の後ろにくっついて正門をくぐった。
かすがの受験番号を俺様は知らない。 正門の人だかりに交ざって、数字が書かれた白いボードを見つめる彼女を横目にあたりを見渡した。 喜びの笑顔を浮かべる人もいれば肩を落としたような後姿の人もいる。 しばらくその場にいる人を眺めていたが、隣りのかすががさっきからうんともすんとも言わないことに少し不安が募る。
「あった?」
思い切って尋ねた。 しかし返答はない。 まだ探しているのかとかすがの手にしていた受験票をのぞき込んだ。 その紙には56425と記されている。
「…あった」
随分と溜めてからかすがはぽつりと言った。
「そう」
「56425だ」
同じく白いボードを見れば確かにその数字はあった。
「あるね」
「ああ」
「……」
かすがは感激しているのか何なのか随分とぼんやりしているようだった。
「嬉しくないの?」
「…嬉しい」
「…俺様に抱きついても良いんだよ?」
「…遠慮しておく」
「そう?」
「ああ」
それ以上俺様からは声がかけれずに、二人ともしばらくその場に立ちすくんでいた。
3分くらいして、ようやくかすがは思い出したように口火を切る。
「手続きにいってくる」
「えっ?」
「事務の手続きだ」
「俺様も行こうか?」
「いい」
「そう?」
「ああ」
まぁつれないことで、という言葉は飲み込んでじゃあ先に帰るねと伝えた。
「何か祝い酒でも買っておくよ」
「ああ」
「道草しないで帰れよ」
「わかっている、さっさと帰れ」
はいはいと苦笑して手をひらひらとお馴染みのポーズ。 回れ右をしたところで声をかけられた。
「佐助」
「ん?」
何か忘れ物かと振り向けば、かすがは言った。
「助かった」
「へ?」
きょとんとした俺様を尻目に当の本人は走って行ってしまった。 どうやらお礼が言いたかった…ようだ。
それじゃ伝わんねーよと心の中で苦笑した。
一直線へ大学の事務室へと向かっていくかすがの、背中を見つめながら小さな声でつぶやいた。
「おめでとう」
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