熱帯夜

寝苦しい熱帯夜、夜中に目が覚めてトイレに立った。
暗闇の中手探りでトイレにたどり着くと、なにやらカチャカチャと音がする。
「…なんだ?」
寝ぼけ眼のまま、トイレに行くのも忘れて慎重に辺りを見回すとリビングから光が漏れているのに気がついた。
まさか泥棒…と一瞬考えが巡ったが、寝る前に戸締りは確認したはずだし、それはないと思い直す。
残るは佐助の可能性だが、一体こんな夜中に何をしているのだろう。
そう考えて、ふと脳裏にいつかの市の声がよみがえった。
『猿飛くんも、男なのよ』
なんだかとても嫌な予感がしたが、恐る恐るリビングのドアに近づくと、静かに扉を開き中を覗く。
案の定佐助はリビングにいた。
ソファにも腰掛けずにフローリングの床に座っている。
こちらに背を向けているので何をしているのかはわからないが、
テレビを見ているらしく、絶えずカチャカチャと言う音がここから聞こえる。
ご丁寧にヘッドホンまで装着していた。
佐助のせいでテレビ画面までは見えないが、画面の隅にさっきから肌色のものがチラチラと見えるような気がする。
やはり佐助のやつ―――、湧き上がる嫌悪感とわずかな好奇心、そしてまたもや市の声が反芻して頭の中をぐるぐると回っていた。
“猿飛くんも、男なのよ―――”
ええい、うるさい…!頭をぶんぶんと振って考えを改める。
いや、もちろん佐助が男であるとかそんなことは百も承知だが、まさか実際にそんな現場に出くわすとは思いも寄らなかった。
しかし男はみんなやっていると聞いたことがある。
け、け、謙信さまだって、もしかすると、もしかするわけで、いや、でも、謙信様に限っては…よ、ようするに生理現象の延長だ。
混乱する自分自身に言い聞かせると、ここで見たことは記憶から消す事にしようと思い立った。
静かに踵を返そうと唾を飲み込む。
中をうかがいながら、そっと扉を閉めようとしたその時――気配に気がついたのか、佐助がこちらを振り返った。
「あ…」
真正面から目と目がかち合い、気まずい雰囲気が流れる。
固まる私を他所に佐助はこっちへ来いと手招きをした。
こんな所を目撃したうえこっちへ来いと言われ、その後に続く展開といえば…?
最近読んだレディースコミックの内容が一瞬脳裏に浮かんで消えた。
冷や汗が滲むのを懸命に抑えながら、ゆっくりとリビングに入る。
佐助の手元が恐ろしくて見られない。
「どうしたのさこんな夜中に」
「プ、プ、プライベートに立ち入って悪かった…!」
だが私はこのことは誰にも…と続ければ、佐助は眉間にしわをよせ、首をかしげる。
「はぁ?何言ってんのさ」
「男には色々事情があると思うが、私は、その、別に、悪い事だとは思ってないし、だからだな」
「ちょっとちょっと、なんか勘違いしてない?」
佐助はそう言って手にしていたブツを私に突きつける。
危うく悲鳴が漏れそうになったが、よくよく見るとそれはゲームのコントローラーだった。
「あれ?」
「よく見ろって」
そう言ってテレビ画面を指差すとモニターの中ではサッカーの試合が行われていた。選手の顔がこれみよがしにアップになる。
「まさか、ゲームをやっていたのか!?」
「まぁね、ちょっと眠れなくってさ」
「じゃ、じゃあ、カチャカチャ言う音は!?」
「え?ああ、これじゃない、コントローラー連打してたから」
佐助は苦笑するとコントローラーのボタンを連打してみせる。
カチャカチャと先ほど聞こえた音がした。
「うるさかった?」
「……」
大きく溜息を吐くと、その場にへたりこんだ。
誰だそんな変な思い違いをしたのは。…市のせいだ。
顔が熱くなるのを感じながら半ば八つ当たりで佐助を睨むと、佐助はきょとんとした顔でかすがもやる?と声をかける。
「テトリスとぷよぷよ、どっちがいい?」
「…テトリスだ」
仕方なくコントローラーの2を手にとって、熱帯夜は更けていく。

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