ネットのある風景

インターネットでショッピングをすると安くてお得だと慶次から教わった私は、あてもなくネットサーフィンをする。 化粧品から薬品、服などの衣類品から果ては家具まで。 インターネットというのは本当にすごいと改めて感じる。
とりあえずいつも買っている化粧品がドラッグストアより安かったのでそれを購入することにした。確かアマゾンには佐助のクレジットカードが登録されていたはずだ。
必要なものをどんどん買い物カゴに入れ、あらかた入れ終わったところで「カートを見る」と書かれたボタンをクリックする。
今までさくさく動いていたのに、急に読み込みに時間がかかる。 嫌な予感を感じながら焦って2、3回クリックを試みるが砂時計アイコンのまま動かない。
ベランダで洗濯物を干している男を尻目にもう一度マウスを左右に動かしてみるが、今度は砂時計アイコンが左右にも動かなくなってしまった。 洗濯物を干し終わって、がらりと中に入ってきた男は、私を見るなり言った。
「どーしたの?そんな狼狽した顔しちゃってまぁ」
「…パソコンがフリーズした」
佐助は一瞬目を丸くすると“またなの?”とやや面倒そうに苦笑して空の洗濯かごを私の真横に置いて、PCの画面を覗き込む。 私の手を払いのけマウスを手にすると私がやったように左右に動かしてみるが、やはり先ほどのままアイコンは動かない。
「あちゃー完全にフリーズしてんじゃん」
「だからそう言っている」
「こりゃ再起動しなきゃだめかもね」
「せっかく買い物かごに入れたのにまた一からやり直しか?」
「あー、どうだろねやり直しじゃん?」
眉間にしわを寄せる私を一瞥して、佐助は吹き出した。
「それくらい俺様がやってあげるって」
「…再起動はどうやるんだ」
「確かね、コマンド・オルト・えすけーぷ…?だったかな」
「ずいぶんあやふやだな」
「かすがだって会社のパソコン使うんだからそれぐらい覚えてなよ」
「会社のパソコンは高スペックだからフリーズすることなんてない」
「へーへー、悪かったね、どうせ俺様の低スペックパソコンで」
「悪いとは誰も言ってないだろう」
「会社から持ってくる高スペックパソコン使えばいいじゃん」
「あれは会社の備品だ。プライベートには使えん」
「…じゃあ自分の買えばいいよね」
「私には必要ない」
「……あっそう」
佐助は小さくため息をついてから、Ctrl+Alt+Escを押す。 しかし何も起こらなかった。
「何も起こらないぞ」
「あっれぇ?…かしーな」
佐助はその後も“コントロール・シフト・エスケープ”“コントロール・オルト・シフト・エスケープ”とまるで呪文のように繰り返すが強制終了にはならなかった。
「…引っこ抜くか」
「いやいやいや、駄目だって」
「埒が明かないじゃないか」
「待ちなよ、今グーグル先生に聞いてみるから」
佐助は自身の携帯電話を取り出すと、カチャカチャと電話のプッシュボタンを押す。 そのグーグル先生とやらに聞いたのかすぐに答えが返ってきた。 誰だか知らないがグーグル先生とは実にまめなやつだと思う。
「コントロール・オルト・デリートだった」
「そうか。早くやれ」
「はいはい」
佐助が“コントロール・オルト・デリート”の呪文を唱えると、 途端にコントロールパネルが出てくる。
手際よくブラウザを終了させると再度立ち上げた。
「やったな」
「手間をとらせて申し訳ございません」
佐助は皮肉めいてそういって、マウスを握ったままアマゾンを再検索する。 化粧品のページに入って、いつも私が買っている化粧品までたどりつくと、“どれが欲しいの?”と甘ったるく言う。
あれこれ指示を出して佐助は次から次へと商品をかごの中へ入れた。 先ほど自分がかごに入れてしまった時より若干高くなってしまったが仕方がない。 佐助は「カートを見る」を私が先ほどやったようにクリックする。
今度はスムーズにカートのなかに入れた。 液晶モニターには商品がずらりと並んでいる。
「あれ?」
「なんだ?」
「商品が二つある…」
言われるまま佐助の指差す場所を見やれば、先ほど買った化粧品が2つづつ被っているものがあった。
「…どうやらカートの中のものは消去されないらしいな」
「そうみたいね」
「消せ」
「はい」
ちゃっちゃと数量を1に変更していくと同時に合計金額が次から次へと変わっていく。 最終的な金額は9760円だった。
「あちゃーおしいなぁ」
「何がだ」
「1万円以上なら送料無料だって」
「アマゾンは1500円以上で送料無料ではなかったか?」
「これアマゾンに出品している店の商品ぽいよ」
どうせ買うなら送料無料の方がお得である。
「…じゃあお前何か買い足せ」
「えー、そんな事言っても俺様欲しいもんないよ」
「いいから無理やり探せ」
佐助は渋々マウスを動かして、メニュー画面をウロウロしたあげく、やっとの事で検索バーに『ゴム』と入力した。
「…一体何を検索している?」
「コンドーム」
「…一体いつ使うつもりなんだ」
「ツブツブ入りとかどーかな」
「…知らん」
送料は――というか支払い方法は佐助のクレジットカードなことを思い出して私は奴からマウスを奪い取ると、
「カートを見る」
を押してレジへ進んだ。

Since 20080422 koibiyori