夏の怪談~佐助side~

それは、じめじめとした蒸し暑い朝だった。
休日だというのに、俺様は朝から出勤で、かすがに愚痴をこぼしながら家を後にした。
愛用の自転車に跨がると、右足で地面を強く蹴る。
生ぬるい風が通り抜け、髪を揺らした。
自宅から会社までは自転車で通える距離なので楽と言えば楽だった。
その代わり、呼び出されることもしょっちゅうだが。
会社の前には大きな坂があり、この坂を下ればすぐに会社のビルが見えてくる。
ビルが少しづつ姿を現すと同時に入り口に貼られた大きな紙が目に入った。
(なんだ…あれ)
自転車に跨ったまま、恐る恐る扉に近づく。
扉には大きな白い模造紙。
『本日は都合によりお休みします。武田』
力強い筆で書かれた文字を見て、力が抜けた。
「………」
なんて適当な会社だろうと思わず絶句する。
普通連絡するだろう。
…でもまぁ少人数だし、有限会社だしな…。
休みになってラッキーってことさ…。
そんなふうになんとか自分を納得させて、踵を返した。
かすがが家で待ってるから、早く帰らないと。
自転車を反転させてぺダルを思い切り強く踏んだ。

*


全力失踪で来た道を戻ると、左眼に眼帯をはめた全身黒スーツのいかつい男が目に入った。
どこかで見たことがある。長曾我部元親だ。大きな風呂敷を抱えて歩いている。
嫌な予感がしつつも声をかけずにはいられなかった。
元親が向かう先には俺様とかすがの愛の巣がある。
「……何してんの?」
「おう!猿飛!今帰りか?丁度良かった!」
満面の笑みで笑う男は、風呂敷を担ぎ上げて見せた。
案の定俺様の家に向かうところだったのだろう。
かすがが出ていたら大変なことになっていたかもしれない。
そう思って安堵した。
元親は気にせず続ける。
「これだよ、これ!前にお前に大量に預けたろ?また新しいの手に入れたからよ!持ってきた!」
「ちょ、またー?勘弁してよねぇ!一応俺様女の子と住んでるんだからさぁ、誤解されたらどうすんのさ」
「いいだろー?男は皆そんなもんだって、それくらいわかってんだろ!」
「にしたって、多すぎなんだよ。アンタだけじゃなくて他の奴のも混ざってんだろ?」
「硬いこというなって!お前の家は保管庫に決定したんだからさぁ」
なんだよそれ…。
俺様の抵抗も空しく、押し切られる形で風呂敷を押し付けられた。
これって軽いイジメだよね。

重い気分で家に入ると、長く伸びたコードが目に入った。
コードは掃除機のコンセントのようだ。
玄関から真っ直ぐに俺様の部屋へ伸びている。
まさか――――――!
嫌な予感がして、風呂敷をその場に放り投げた。
急いで靴を脱いで自分の部屋に向かう。
かすがが俺様の部屋の中心に立っていた。
迷彩柄の布は無残にもめくりあげられていて、あられもないDVDや本が丸見えだ。
かすがはそのまま後ずさりしている。

まずい。
これはまずい。

なんとか言い訳をしなくちゃ。
とにかく、話を聞いてもらわないと。
かすがの肩に、手を置いた。
「ひっ!」
かすがは小さく悲鳴をあげた。

ヤバイ、完全に誤解している。
「さ、さすけ――、」
かすがはゆっくり振り向いて俺様を見た。
その顔は恐怖にひきつっている。
「…見たね?」
俺様は、とりあえず安心させようと微笑んだ。
これは違うんだ、誤解なんだ。話を聞いてくれ。

そして逃げられないように後ろ手でドアを閉めた。

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