真夜中の押し問答

真夜中。 乾いた空気の不快さで目を覚ました。 意識ははっきりしないまま。 夢うつつで夢の中へ戻ろうとしていたとき、ふと誰かの息遣いを感じた。 現実に引き戻され、眉間を寄せながらも耳を澄ます。 こんな真夜中に気持ちが悪い。 ゾッと背中が寒くなる感覚。 よくよくきけばそれは“ハァハァ”いう類の怪しい息遣いだった。 よく言えば運動でもしたような疲れきった声。 悪く言えばまるで発情期の犬のような――――。
「!」
思考がまとまらないうちに、私は飛び起きた。 上半身だけを起こし、闇の中、ぼんやりと浮かぶシルエットを凝視する。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
続く息遣い。おぞましさに体が震える。 こんなま真夜中に一体何の用だ。
「だっ、誰だ!」
やや上ずった声をあげると、影はわたしのほうへへたりこんできた。
「か、かすが…」
「やはりキサマ…!」
私の腰に絡まるようにして抱きついて来たのは、案の定佐助であった。 だが、重力に勝てないぐらいぐったりとしている。まるで力が入らないようだ。
「おい、佐助…」
男の体を起こそうと肩に触れると、衣服の上からなのに体が尋常な熱さではない。 蒸気でも出しそうな勢いに、緊急事態を感じ取った。 ちょっと離れろと急いで枕元のリモコンで部屋の明かりをつければ、 顔を真っ赤にした佐助が涙目でこちらをみていた。 念のため新手の夜這いかと奴の下半身を観察してみるが特に異常はみられない。
「どうしたんだ!」
なぜか怒り口調になってしまった私をよそに、男は焦点が合わない瞳で呟いた。
「み、みず…」
そう言って、私のベットにぱたりと倒れた。
「お、おい!佐助!」
慌てて身を揺するが反応はない。 散々揺すったあとに、そういえば気絶した人を無理に揺すってはいけないと思い起こして、 とりあえず私のベッドにきちんと寝かせると、リビングに体温計をとりにいった。 そして、それを無理矢理ワキに挟み込む。 待つこと数十秒。 ピピピッという電子音を確認し体温計を引き抜いた。
「三十八度七分…」
思わず声に出してしまうほど高い値だ。奴とは対照的に血の気が引いた。
「おい!大丈夫か?!」
「佐助!返事をしろ!」
声をかけるが佐助は私のベッドの中で固く目を閉じ、横たわるまま。 寝てるのかと思い、耳元で名前を呼んでみたが、 そんな大きな声で言わなくても聞こえているというようなことをうわ言のように言った。
「また仕事で無理でもしたのだろう、具合が悪くなったのはいつからだ?」
「…帰りの電車がピーク…かな…」
「何時に帰ってきたんだ」
ここ数日佐助は帰りが遅いため、私の方が先に寝るのが常だった。
「一時ぐらい?」
「…働きすぎだな」
「だよねー…」
力なく笑う佐助に心底同情心を覚える。
「おい、薬は飲んだのか?」
「いや、丁度今朝飲んだので最後だった」
「なぜ言わないんだ!」
「いや、急いでてさ…」
「コンビニへ買ってくるぞ!」
「コンビニに医薬品売ってないっしょ」
「何にもないってことはないだろう、鎮痛剤ぐらいは…」
「ああ、それぐらいならうちにもあったかも…」
「なんだ!ではそれを飲め」
「いや、ただ…」
男の歯切れが悪いので私はややいらついた。
「ただ、なんだ?」
「かすがには無理だと思うよ」
「何が無理なんだ!」
「いや、飲み薬じゃないからさ」
「飲み薬じゃない?はっきりしろ!」
「でもさぁ…」
「いいからはやく言え!」
「わかったから、も少し声抑えて…」
「…す、すまない…」
佐助はベッドで横たわったまま、静かに言った。
「……座薬、なんだよね…」
男が言った意味を理解できなくて、ついオウム返しをしてしまった。
「ざ…やく…?」
座薬とはあれか、尻の穴に、ロケット型の白い物体を無理矢理押しこむあれか。
「…無理だ」
思わず即答した。
「でしょ」
だから言ったじゃんといいたげな口調に少し腹立たしさを覚える。
「だ、だが、ゴム手袋をすれば大丈夫かもしれん」
「は?」
「やってやると言っている!」
「ちょ、じょーだん…」
「早く尻を出せ!」
「ちょっとちょっと!」
佐助の身体を無理矢理うつ伏せにしようとして、慌てた男にたしなめられる。
「だ、大丈夫だから!俺様、この布団で寝てれば治りそうだし!」
「いいから早くしろ!」
「か、かすがはとりあえず氷持ってきて!」
佐助はなんとか起き上がろうと身を起こす。 だが私の右手は既に奴の下半身のスエットをつかんだまま。
「ばっ、かす―――」
時すでに遅し。 スエットはまるで生き物のようにするりと脱げた。
「……」
沈黙。視線は一点に集中した。
「…やはり夜這いに来たのか?」
「つ、疲れまらってやつだよ」
苦笑した男の顔は相変わらず赤かった。

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