まさかの長市(破廉恥気味)

柔らかな唇から自分の唇を離すと市は頬を仄かに紅潮させ、ゆっくりと瞼を開いた。
「ながまささま」
囁くような甘い声色に思わず背筋がゾクりと痺れる。
「い、市ッ」
咄嗟に口から出た声は、随分上ずっており緊張を加速させる。居場所のない腕をなんとか市へ回そうと努力するが突然降ってきた言葉ですぐに腕を引っ込めた。
「長政様、知ってる?」
「な、何だッ」
「愛し合う男女は、接吻の後お互いの愛を確認するの」
「あ、愛だとッ」
自分の顔が途端に熱くなるのを感じる。愛などと、口にするのも恥かしい。
「最初に『せ』がつく愛の言葉…」
「せ、せ、『せ』だと?」
脳裏には一つの言葉しか浮かんでこない。市がこんなにも積極的な女だとは夢にも思わなかった。
これはつまり、私との性行為を望んでいるということか。
『せ』がつく言葉なんてそれ意外ありえまい…!しかし、未だ入籍前だというのにそんな淫らな行為に及ぶことは悪ではないだろうか。
私の脳は、ありえないスピードでフル回転する。
「市ッ、わ、私たちは未だ付き合って間もない、であるから…」
たどたどしく紡ぐ言葉を発する度に背中に嫌な汗をかいてゆく。市はそんな私を知ってか知らずか、背中に手を回し引き寄せた。
優しく抱きしめられると、市は耳元で囁く。
「一緒に愛を確認しましょう、長政様」
「い、市…」
心臓が口から飛び出そうなほど嫌な音を立てる。自分の理性が少しずつ崩れていくのがわかる。震える手を市の背中に回すと、市は静かに言った。
「世界で一番愛しています、長政さま」
私は『せ』がつく愛の言葉を、腹立たしいほど噛み締めた。

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