ラブレターと思い込み

~第五章「かすがの手紙」~
甲斐へ向かう道中、懐に入れたかすがの手紙がほんのり暖かいような気がして、くすぐったいような恥ずかしいような、なんとも言えない気分になる。 夜も随分更けてしまい、今日中に帰るという旦那からの約束は果たせそうにない。
東からわずかに光が差し込んでいるような気がして、目を細めた。 何度も手のひらでここに手紙があることを確認しながら、小さく溜息をつく。 自然に歩みを止め、木の枝に座り込んだ。 ふぅともう一度溜息を吐き出して頬杖をつけば、 むくむくと手紙の中身が気になりだした。
一体何が書かれているのだろうか。
まさか恋文ではないとは思うが、天敵である俺様にわざわざ手紙を書いてよこすなどよっぽどのことのような気がする。
甲斐まであと少しだというのに、手紙を見たいという欲求にどうしても勝てなかった。 背徳感を感じながらも手紙を懐から取り出し、にらめっこする。
後少しで武田だし、良いよね。
かすがもいないし。大丈夫だよね。
恋文じゃないって言ってたし。良いよね。
なんとか自分に言い聞かせ、恐る恐る震える手で手紙を開いた。 表面に書いてある“佐助へ”の文字で、自分の中の期待値が最高を振り切った。 ごくりと喉をならし、戦の前に匹敵するくらいの緊張感のまま、目を落とす。 かすがの覚えたてののったくった字が、視界に入ってきた。
“果たし状”
一行目を読んで、木から落ちそうになった。
「は、果たし状!?」
思わず声に出して改めて手紙を見るが、そこにはやはり果たし状と書かれていた。 読み進めると、それはまさしく果たし状だった。
“さるとび佐助。3日後、川中じまにてまつ。かすが”
所々ひらがななのは、漢字が難しかったからなのだろうか。それとも覚えるのがめんどくさかったのか。 だとしたら新手の嫌がらせだ。
こういうオチね、と苦笑して手紙に顔をうずめる。 まぁ8割方わかっていたことだけどさ。 そのとき、手紙から仄かにかすがの残り香がして、ふと思った。 もしかしてこれ、果たし状に似せたデートのお誘いかも。 我ながら前向きだなと自嘲して、手紙を懐へしまった。 少しだけ顔を出した朝日が、目に染みた。

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