今日から本気出す

「本気を出すぞ、私は」
何かを決意した面持ちで、甲斐周辺の罠の点検をしている時に、珍しくかすがが俺様に会いにきた。 俺様の顔を見るなりそう言って、指を突き付ける。
「…何に本気出すのさ」
面食らいつつ尋ねれば、かすがは少し気恥ずかしそうに、でもはっきりとした口調で言った。
「お前に。」
かすがが言った言葉が理解出来ずに彼女の顔をまじまじと見つめる。危うく罠を地面におっことしそうだ。
「は…?」
かすがは俺様の視線に気が付くと、さっと目を逸らした。
「お、俺様?」
「…そうだ」
「俺様?」
「何度も言わせるな!」
「…それはどんな種類の本気?」
やっとのことで問い掛ける。声は若干うわずっていた。
「…そろそろ白黒つける時期かもしれない」
「ふ、ふーん」
罠をガチャガチャいじりながら、そっけなく声を出したつもりだが、かすがにはどう聞こえただろうか。 こんな真っ昼間に白黒つけようなんて、かすがらしいといえばそうだが正直もう少しムードってもんを大事にして欲しい。
どーせなら月明りの下、誰もいない湖のほとりなんかが理想なんだけど。 とにかく俺様とかすがの世界一あやうくて興奮、いや微妙な関係が今日白黒つけられちゃうんだから。 柄にもなく変な汗が出てきて思わず汗を拭う。今日も暑いねなどと無駄口を叩いてみるがかすがには通じなかった。
「だからお前も本気を出せ」
「へ?」
「本気を出せと言っている」
「本気?」
「ああ。お前は何を考えているのか未だにわからん」
「いやーだってさ白黒って結構怖いもんよ」
「何を女々しい事を」
かすがはぴしゃりと言って俺様を睨み付ける。 だって怖いもんはしょーがないわけで。 かすがだって謙信様に拒絶されんのは怖いっしょ?とは口に出さなかったけれども。
「で、お前はどうなんだ」
そう問い掛ける彼女に向って、やれやれと肩をすくめてから、初めて真直ぐに顔を向けた。
「俺様はいつでも本気だよ」
かすがはそれを聞くなり少したじろいだように眉間を寄せると、しばらく俺様の顔を飽きずに眺めていた。 どうやら真意を測りかねているようだ。 にこりともせずに言い放った言葉だから、彼女も動揺しているのだろうか。
すごく、『なんちゃって』と言いたくなる気分に陥るが、それを堪えて彼女の反応を伺う。 白黒つけるのなら、俺様も出るとこでなきゃならない。 かすがはわかったと小さく頷いてから一歩後ずさると、また俺様に向って指を突き付けた。
「じゃあ勝負だ!!」
「え」
「最近開発した新技をお見舞いしてやる」
ファイティングポーズをとりながら、苦無を取り出した。
「えっ、ちょっと、違うっしょ、そういう意味じゃなくてさ、」
「いいから早くしろ!手加減したら承知しないからな!」
最後まで言い終わらないうちに苦無をこちらに投げつける。 飛んで来る苦無をすれすれで交わしながら、俺様に本気だすってそういうことかよと苦笑した。 話がうますぎると思ったよ、ホント。
「じょーだん、かすがはいつも本気だろ」
「違う、いつもは8割くらいの力だ」
「よく言うよ」
「今日は白黒つける、絶対にお前に勝つ」
稽古つけて欲しいなら謙信様に言えばいいのに。それとも俺様につけて欲しいわけか。
「ねぇ」
「なんだ」
「俺様の必殺技も試して良い?」
「ああ、上等だ」
「寝技だけど」
「死ね」
さらに追尾の苦無が飛んで来るのを横目で見ながら小さくため息をつく。
「そこ、罠あるよ」
「!」
小さな悲鳴が上がって、瞬時かすがの姿は見えなくなる。木の上に片足をロープでくくられて無様に宙ずりになる女を尻目に俺様は苦笑した。
「とって欲しかったら、俺様に“本気”出してくれる?」

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