首を絞める

はじめの色は殺意だった。
瞳に燃えるような殺意の火をともし、俺様を睨み付ける。
彼女の爪先が首筋に食い込み、思わず顔を歪めた。
「お前なんか、お前なんか、お前なんか、」
呟くように一人ごちてなおもめいいっぱいの力を指先に込める。
冷たい壁に押しつけられ、次第に血液の流れが滞っていくのを実感しながら弱々しく苦笑した。
「笑うなっ!」
罵声が響くがそれ以外はしんと静まり返っている。このまま彼女に殺されるのも悪くないかと心の中でほくそ笑む。
「さっさと、さ、やって、くれ、る?」
振り絞るように言った言葉に、彼女はびくりと震えた。
「こんなんじゃ、さ、死ね、ないんだ、よね、殺す、気、なら、もっと、楽に、やってよ」
「だ、だまれ」
うろたえた彼女の指先はかすかに震えている。
今さら一体何をためらうと言うのか。
「早く、やれ、よ、お前の、手、で、」
「戯言を、言うな」
深く寄せた眉間と不安の色が浮かぶ瞳。先程より遥かに指先の力は弱まっていた。
「いくじ、なし、」
漏らすように笑えば、かすがはわなわなと震え出す。
「うるさいうるさいうるさい」
「俺、は、お前の、主を、殺し、た」
「うるさいうるさいうるさい!」
「お前、から、生きがい、も、運命、も、大切な、もの、全て、奪った、憎む、べき、男、の、はず、だ、ろ?」
「やめろ、それ以上は」
苦痛の表情を浮かべるかすがの声を無視して続けた。
「お前の、主が、どんな、風に、死んだ、か、教えて、や、るよ」
「やめ、「あの、美しい、顔が、さ、真っ赤に、濡れ、て、一層、美しくって、最期に、おだやかな、微笑んで」
瞳を閉じれば鮮やかに浮かぶ、白と赤のコントラスト。
軍神の最後は、美しかった。
「しょう、じき、あれ、には、敵わねー、よ」
心底かなわないと口の中で呟いて苦笑すれば、かすがはぎりと唇を噛む。
「き、貴様…!」
先程まで弱まっていた憎しみの色が、逆撫でする言葉により強まっていく。
かすがは思い出したように“許さない”と零しながら思い切り俺様の首を締め上げる。
同時に視界がぼやけはじめ、ようやく楽になれると安堵して思わず、ここで絶対言うべきではない言葉を呟いた。
「悪い」
「…何を」
「悪かったよ」
「黙れ…!」
「出合ってからずっと」
それがかすがに聞こえたか否かは定かではない。
だが次の瞬間、押さえ付けられていた力がすっとぬけ、その場に崩れるように膝をついた。
頭がぐわんぐわんと回っているようで焦点が定まらない。とてもかすがを見上げる余裕はなかった。
彼女が一体どんな顔をしていたのか、俺様には知るよしもない。
ただたった一言。
吐き捨てるように言った。
「お前なんか、大嫌いだ」

その後の事は知らない。
意識を取り戻した時にはかすがはもうそこにはいなかった。
まだ生きているのかと溜め息を漏らし、首筋に手をやった。
冷たい壁にもたれ掛かるようにして座ったまま一人ごちる。
「俺様はアンタが好きだよ」

首筋に食い込んだ彼女の爪痕を、心底"愛しい"と思った。

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