今年もよろしく

今夜は無礼講。
武田信玄のその一言で会場は危うく裸の男たちで溢れるところだった。
やんややんやと次々衣を脱ぎ捨てる兵士たち。あまりの醜い有様に思わず叫んだ。
「おぞましいものを見せるな!」
あろうことか上杉の兵まで脱ぎだす始末。
「まぁまぁ、よいではありませんか」
「ですが、謙信様…!」
「こんやはとらのいうとおり、ぶれいこうです。おまえもすこしははねをのばしなさい」
「…わかりました」
お優しい謙信様に免じて、引き下がった。
謙信様は楽しそうに上座で武田信玄と晩酌を交わしている。
「………」
私は一人、この光景を冷めた目で見据え、部屋の窓際の柱に寄りかかり月を見ていた。
大晦日特有の寒波に身震いをする。
酒が入っているというのに、どういうわけか寒い。武田と上杉の合同忘年会なんて…私は、謙信様と二人きりで年を越したかった。
「かっすがー」
悪寒の原因とも思える男が、声をかけてきた。
「……」
「今年最後だってのに浮かない顔じゃん」
男はすでにいい具合に出来上がっているようだ。
「お前がいなければもっと“うきうき”していたはずだ」
「照れちゃってまぁ」
「照れてない!」
「いいからほら、かんぱーい」
仏頂面の私を他所に、佐助は無理矢理乾杯の音頭をとる。
いやいや杯を交わす私に大そうな苦笑いを浮かべて。
「今年はいい年だった?」
「…さあな。去年と大して変わらない気もする」
「まぁ毎年毎年、同じ事やってるもんね」
「お前はどうなんだ」
「あとは許嫁と祝言を挙げるだけなんだけどね」
「そうか、よろしくやれよ」
「……いいけどね、別に…」
佐助は肩を竦めて私の隣に立つ。
二人して月を眺めるような格好になった。
「いい月夜だねぇ」
「…今夜は満月だ」
「ね、二人で抜け出さない?」
…こいつは本当に唐突である。
「……いやだ」
「いいじゃん。俺様、折角の年越しを上司と過ごすなんて真っ平ごめんだよ」
そう言って武田信玄の方を顎でしゃくると、お前もそうだろ?なんて目配せをする。
「私は謙信様と――」
「お館様が一緒にいる場面を見ながら年を越すわけ?」
「………」
「そうと決まればホラ、早く早く」
佐助は半ば強引に、私の手首を掴むと屋根の上から外へ出た。
「おい、ちょっと待て!」
「いいからいいから!」
屋根を次から次へと飛び越して、一番見晴らしのいい高台へ出る。
「本当はここから初日の出が見れればもっと良かったんだけどね」
丁度頭の上には真ん丸の月。見張りは勿論無礼講のため不在だ。
佐助は、高台の中にあぐらをかくと、懐から酒ととっくりを取り出した。
「さぁさぁ、隣に座って」
私は渋々、奴の隣に腰掛けるととっくりを持った。
佐助は待ってましたと酌をする。
一気にそれを飲み干した。
「わーお、いい飲みっぷりで」
揶揄はさておき、高台からは除夜の鐘がよく聞こえた。
ボーン、ボーンと、鈍い音が響き渡る。
「除夜の鐘がよく聞こえるな」
「ああ、こっから神社がすぐ真下だからね」
「年末らしいな」
「ね。煩悩を忘れないとね」
「…煩悩の塊がよく言う」
「甲斐の紳士を捕まえてそれはないんじゃない?」
「とにかく、お前の来年はどんな年にするつもりだ」
「目指せ賃金底上げ!」
「…可哀想なやつだな」
「俺様のことはほっといてくれる?」
ぐいと酒を煽るとやや座った目でこちらを見やる。
「かすがこそ来年の目標は?」
「今年こそ武田を滅ぼす!」
「ちょ、ちょっとなんちゅう目標立ててんの…」
「うるさい!上杉にとって武田は敵だ!」
私も酔いがまわってきたのか呂律がうまく回らない。
「じゃあかすがにとって俺様は?」
「敵!敵!にっくき敵だ!」
「俺様は愛してる!」
「馬鹿!酔っ払うんじゃない!」
「俺様酔ってなんかいないっての」
「うるさい死ね!」
もはやお互い何を言ってるのか分からなくなってきた時、突然、叫び声にも似た咆哮が聞こえた。
何事かとお互い我にかえって耳を澄ます。吹き付ける風が少しだけ酔いを醒まさせる。
「あらら、どーやら年明けたみたいね」
佐助の言うとおりどうやら先ほどの無礼講宴の盛り上がりが、年明けによって最高潮に達したらしい。
男たちの雄たけびが辺りにこだまする。
「かすが」
「…なんだ」
「…今年もよろしく」
「今年はいい年になるといいな」
「ホントにね…」
お互い苦笑して、ほろ酔いのまま杯を交わした。

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