彼氏(かすが+慶次) ※かすが一人暮らし

玄関のチャイムが鳴って扉を開けると、前田慶次が立っていた。
ニコニコしながらスーパーのビニール袋を下げ、私に差し出す。
「俺の叔母から。うるさくってさあ…」
「かすがさんは一人で大丈夫なのですか!?慶次!様子を見て来なさい!…ってさ」
慶次は見事に声色を真似てみせるとたまにはうちにも遊びに来いと勧める。
すまないと遠慮がちに答えると、袋を受け取った。

ずっしりと重く、甘いにおいが漂ってくる。
袋からはわずかに赤色が透けていた。
「林檎か」
「ああ、嫌いだった?」
「いや、嬉しい。まぁ上がっていけ」
私が促すと、慶次はラッキーと言わんばかりに靴を脱ぎ捨てる。
「まつ姉ちゃんに叱られそうだから夕方まで時間つぶすつもりだったんだ」
「お前らしいな」
苦笑してキッチンに入ると、袋から林檎を一つ取り出してピーラーで剥く。
包丁はあまり得意ではないが、剥くことが出来れば使用した器具など関係ないと思う。
ふと林檎を自慢げに、実に器用に包丁で剥いてみせる男のことを思い出して苛ついた。
「ねー」
慶次がリビングから呼びかける。
「なんだ」
「やっぱまずかったかなー」
「何がだ」
慶次の言うことはいちいち回りくどくて要領を得ない。
「いやーさすがに二人きりじゃさ」
「何を言っている、私とお前の仲だろう」
まったく、おかしなやつだ。
私は皮を剥いた林檎を水にさらすと、真っ白なまな板の上に乗せた。
手を猫のように丸めて、包丁の刃を立てる。
「悪いじゃん?彼氏に」


がちゃん。


私は見事にまな板の林檎を打ち損じた。
林檎は流しの上をゴロゴロと転がる。
「何を、言っているんだ…?」
恐る恐る慶次に尋ねると、慶次はポケットから携帯を取り出して受話器を耳に当てる。
「やっぱこういうのはきちんと連絡しないと!」
「け、慶次!おまえ、いったいどこに」
「電話して…!」

時すでに遅く。
慶次は私の質問には答えずに受話器の相手に向かっていった。



「あ、もしもし?猿飛?」

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