覚悟 ※アニメネタ

「かすが殿、紹介しよう!天弧仮面殿だ!」
眼前のかすがに手をひらひらさせて『どーも』と声ひとつ。 精一杯の笑顔を作れば、当の本人はまぁ目を見開いて、それからすぐに呆れた顔つきになった。 真田の旦那はといえば、何が嬉しいのか相変わらずニコニコしている。
「何をしてい「うおおい!」
かすがが全部言い終えないうちに手を引っ張って旦那から離れると、 彼に聞こえないように物凄く小さな声で忠告する。
「ちょっと、頼むよ!旦那は俺様だって気づいてないんだからさぁ、話を合わせて」
「なぜ私が」
「しょうがないだろ?旦那が呼びつけたんだから」
こそこそと話をしてから旦那の元へ戻ると、 旦那は大そう不思議そうな顔をしている。 恐らく“2人は知り合いなのか?”とでも聞きたいのだろう。 俺様は旦那に言われる前に、先手を打った。
「前に一度、佐助を介して会ったことがあるんです」
「おお、そうであったか!それは話が早い!」
「…で、俺たちに一体何のようですか?」
「うむ。今日集まってもらったのは他でもない。かすが殿と佐助の婚姻について、だ」
脳内で理解するなり、俺様とかすがは同時に吹き出した。 あっけにとられる俺様を他所に、 最初に異論を唱えたのは(もちろん)かすがの方だった。
「な、な、何を馬鹿な…!前にも言った通り、私と猿飛殿は…」
「照れずともよい」
「わ、私は照れてなど」
「まぁーまぁー、それで?」
「うむ。佐助は兼ねてからかすが殿の事を危惧しておる。武田、上杉のためにも出来れば早いうちに婚姻を交わして、二人には幸せな家庭を築いていただきたいのだ」
「俺様もそう思います」
俺様がにこやかに相槌を打つと、かすがは 凄い勢いで睨みつけてきた。 武田、上杉のためだってば。
「かすが殿」
「は、はい」
「佐助はいつも貴殿の事を良い女だと褒めております」
「は、はぁ」
「幸せに出来るのは自分しかいないとも」
「ちょ、ちょっと旦那…!」
一体何を言うつもりなのか見当もつかない。 俺様は肝を冷やして旦那を制止するが、旦那は止まらなかった。
「某もかすが殿を幸せに出来るのは佐助しかおらぬと思うております故」
「二人ならば前田の夫婦をも凌ぐ夫婦になりましょうぞ!」
それを聞いてかすがは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。 なんだか俺様まで顔が熱くなってきた。
「それで二人が婚姻した暁には、新居をこちらに構え慎ましく暮らしていただきたい…!」
「な、なんですって?」
「マ、マジで?」
「うむ。そして子供は出来れば男子を。二人の子ならば素晴らしい武将になろう。それでなるべく早く婚姻するように佐助に言うて欲しいのだ」
旦那はそう言って俺様を見る。
「たぶん佐助は、某から言うても濁すばかりで本気にとってはくれまい。だから佐助の友人でもある天弧仮面殿に、是非進言してもらいたいのだ」
ちょっと、旦那、もうやめて、 恥ずかしくて死ぬ…! そう言おうと思ったのに、言葉は全然声にならず、 俺様はただ口をパクパクしていた。 かすがも呆然としてわなわなと震えている。 彼女の震えが喜びの震えではないことだけは確かのようだ。
「わ、悪いが気分が悪いので失礼させていただく」
かすがはそう言い捨てると、くるりと回って途端に姿を消した。
「あっ!かすが殿!」
旦那は先ほどまでかすががいた場所に呼びかけると、 がっくりと首をうな垂れてしまった。
「旦那」
「…女子は本当に難しいものだな」
うな垂れた旦那に声をかければ 大きな溜め息をついてひとりごちる。
「あんなに震える程具合が悪かったのであろうか」
「んー、たぶん違うと思うけど…かすがは照れ屋さんだからねぇ」
「天狐仮面殿、いやに詳しいでござるな」
「え?いや、ホラパッと見ね、パッと見!じゃ、じゃあ俺様もそろそろ失礼するよ」
「ああ、佐助にはよろしく伝えてくれ」
「了解」
旦那にそう言ってとりあえず道場の裏手に移動すると、 ヘナヘナとその場にへたりこんだ。 旦那ったら、本人の前であんなこと言わなくてもいいのに… 羞恥心が、後から後からこみ上げてくる。 仮面つけていてホントに良かった。 手のひらで仮面をさすれば、かすがの困ったような、 怒ったような顔がまざまざとよみがえってくる。 かすがきっと怒ってるだろうなァ。 吐き出すように苦笑すると、後ろ手でボキボキと 骨を鳴らすような音がした。
「…覚悟は出来ているだろうな?」
背中から感じられる刺すような殺気に、恐ろしくて顔をあげられない。
「婚姻の覚悟…かな?」
下を向いたままそう言うと、背中に激痛が走った。

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