自由研究

「ね、自由研究どうする?」

『科学自由研究のすすめ』と書かれた真っ白くて厚い本を、ばしばしと叩きながら佐助は後ろを振り返った。
私の一つ前の席に座る男は、私と右隣の慶次に目配せすると毎年参っちゃうよね、というように溜め息をついた。

毎年恒例のように渡される『科学自由研究のすすめ』は、年を追うごとに年々分厚くなっているような気がする。
確かに毎年研究内容を考えるのは大変だが、私は意外とこの宿題が好きだった。

「私は、海の生き物と水質汚染について調べるつもりだ」

「ふーん、地味だね」

「うるさい」

佐助が不適な笑みをこちらに向ける。何だか毎年言われているような気がするのは気のせいだろうか。

「かすがちゃんは海が好きだもんね、去年も海に関係する事調べてなかった?」

「まあな、慶次こそ何を調べるんだ?」

「俺?俺はね、星を観察しようと思ってる」

「へーロマンだねぇ」
佐助がすかさず間の手を入れると、慶次ははにかみながらロマンだろ?と笑う。

それから佐助と慶次はお互いに顔を見合わせ、ロマンだロマンだとはやし立てる。
私はそれを横目で見ながら、『科学自由研究のすすめ』をぱらりと捲った。

「ね、どうせなら一緒にやろうよ」

慶次がニコニコしながら私に声をかける。

「一人でやんのも淋しいしさぁ、俺は空、かすがちゃんは海。良い考えだろ?」

慶次は一人で女の子が海に行くなんて危ないし、とつけ加える。

「まぁ、別に、構わないが」

「決まりぃー!猿飛も行くかい?」

「な、なんでそうなるんだ!」

思わず声を荒げると、慶次はキョトンとした顔つきをしている。

「なんでって、大勢の方が楽しいだろ?」

「い、いや、だが佐助が何を研究するかにもよるだろう?」

「そっか、そりゃそうだな、山を調べるなら元も子もないし」

私と慶次は蚊帳の外の佐助に視線を戻すと、でどうなんだ?と問いかけた。佐助は目を丸くして、困ったように苦笑する。

「実は俺様、まだ決めてないんだよね」

「ありゃま、じゃあどうすんだい?」

佐助は何かを考えるようにわずかに首を傾けると、
にんまりと笑って私を見つめる。

「海の生物を観察するかすがでも観察しよーか、ねぇ?」

「…………」

数秒の沈黙があって、私は思わず顔をしかめた。

「なん「ロマンだねぇ!」

私の声は見事に慶次にかき消される。
ロマンだロマンだとはしゃぐ男たちを尻目に、私は小さく溜め息を吐いた。

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