仁義なき別ver

もし擬音語を用いるなら“ドン”――実際にはそんな生易しい音ではなかったが――その音が銃声だということは瞬時に理解できた。
すぐさま撃たれた方向に目をやれば、撃った人間はもう既に行方をくらましている。
(くそっ、私としたことが――)
後悔する間もなく、左腕が信じられないぐらい熱を帯びて、私は堪らず膝をついた。
佐助がこちらへ駆け寄ってくるのを視界の端に捉えながら、自分の左腕を見ると、おとつい買ったばかりの新品のスーツは台無しになっている。
恐らく先ほどの銃弾が左腕をかすったようだ。腕からは大量に出血していた。
「かすが!」
自分の血を見たせいだろうか。
名を呼ばれたが、頭がぼんやりとして反応出来なかった。
思考が停止する私とは打って変わって、佐助は冷静だ。
怒鳴るように“脱げ”と命令すると、私の衣服を脱がそうとする。
「やめ、」
「死にたいわけ?」
力なく抵抗するも佐助の力は強く、あっという間に上着を脱がされた。
シャツ一枚になっても、不思議と寒さは感じない。
(スーツだけではなく、シャツもダメにしてしまったか――)
朦朧とする頭でどこか冷静に考えていると、横から佐助の手が伸びる。
「な、何をッ…!」
「そのシャツで止血すんだよ」
最後まで言い終えないうちに、私のシャツを腕の部分ごと強引に引き裂いて、それを止血に使う。
ほとんど服として機能していないシャツを見下ろすと、佐助は苦笑した。
「ラッキー!下着が見えるかも、と思ったけど。」
「この非常時に馬鹿を言え」
「さらしなんか巻いてんの?」
「うるさい」
シャツの隙間から露になった肌が顔を出す。
仕事の時はいつも巻いているさらしも、今は丸見えだった。
「… それは何のために巻いてるわけ?」
「お前には関係ない」
覗き込むようにこちらを見やる男から顔を背けるが、男の無駄口は止まらない。
「走ると揺れるのが気になる?それとも肩が凝るとか?」
「それ以上口を利いてみろ、今すぐ殺すぞ」
「… そんな手負いの体で俺様に勝てると思ってんの?」
嘲るように顔を歪めて見せると、佐助は踵を返した。
「おい、どこへ行く!」
「どこって…びょーいん」
「びょーいん…?」
小さくうなずくと、右ポケットから車のキーを取り出して、顎で乗れと促された。しぶしぶ足を引きずるようにして、黒いベンツの助手席へ乗り込むと、車は勢い良くエンジンをふかす。
「とばすよ」
そう一言耳にした途端、車は急発進して体が前につんのめった。
「おいっ、まだシートベルトも―――「E?」
言いかけた最中、佐助の声がかぶさった。
「E?…何がだ?」
私たちが追いかけている星は『ザビー教団』。隠語はZだった気がする。
Eの隠語は何だったかと、思案しながら佐助の顔を見れば、佐助は視線を下に落とす。
「まさかF?さすがにCって事はないよね?」
最初はBくらいかと思ってたから何か得した気分、と嬉しそうに笑って視線を私の顔へ戻した。
「貴様、一体何の話をしている…」
怒りで声が震えそうになるのを必死で抑えながらそう言った。
「何って、胸の大きさにきまってるっしょ」
飄々と言ってのける男を尻目に、サーッと血の気が引いていくのがわかった。

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