糸電話

新しい忍具だと言って、佐助が渡してきたものは和紙(よりももっと厚手の紙)で出来た湯飲みのような形のものだった。さらにそれをたこ糸で繋ぎあわせ、2つの湯飲みは糸で繋がっている。
「なんだこれは」
「糸通信」
「いとつうしん…?」
ペラペラの湯飲みを手に取って、訝しげに尋ねれば、佐助は苦笑する。
「離れていても会話が出来る優れものってやつよ。まぁまだ開発中なんだけどさ」
「…それが私になんの関係がある」
「いや~開発に協力して欲しいなぁなんて」
何のためらいもなくそう言うので、こちらが面食らう思いだ。
「…お前の部下で試せば良いだろ」
「残念なことにうちも人手不足なのよ。それにせっかくなら美人の声が耳元で聞きたいじゃんか」
佐助は飄々と笑う。
「断る。この間の飛行忍具のようになってはかなわんからな」
「頼むよ、うちの忍具少しわけるからさぁ」
額の前で両手を合わせて、やや上目遣いにこちらを見やる。
武田の開発した忍具をもらえるのは非常に魅力的だが、こいつに利用されるのは気に食わない。
「条件がある」
「条件?」
「そうだ」
「俺様のチューとか?」
「…先日の飛行忍具および試験するこの忍具もよこすのが条件だ」
「あー、はいはいお望みとあらば」
肩を竦める男を一瞥し、交渉成立だと伝えれば佐助はわずかに顔を緩めた。
「恩に切るよ、早速始めようか」
そう言ってはりきって肩を回す素振りをする。
「い、今から始めるのか?これは爆発したりしないだろうな?」
「はいはいびびらないびびらない。爆発はしないよ。ちょっとづつ離れて俺様に話し掛けて欲しいだけさ」
出来れば優しくささやいてね、と軽口を叩くと、"まずは50尺"と言い残すなり眼前から掻き消える。
50尺先を見据えれば既に奴は木の枝に座っていた。
引き受けると言ってはみたものの、どうすれば良いのかわからずに佐助の動向を伺っていると、ふと手にしていた糸通信の糸の部分が引っ張られるように強く張った。

糸が振動している。
佐助を見やれば糸通信の湯飲みの部分を耳に当てろと言いたいようだ。身振り手振りがそう言っている。
すぐさま湯飲みの部分を耳に当てた。
「もしもし?俺様の声が聞こえる?聞こえたら糸通信に向って話してくれる?」
かすかに佐助の声が聞こえてきて、思わず驚きで声が出そうになる。が、また馬鹿にされてはかなわないのでグッと堪え押さえ気味に囁いた。
「ああ、聞こえている。そちらはどうだ?」
「良好、良好。さらに離れるから耳にあてたまま待ってて」
「了解」
少し張っていた糸が緩んだかとおもえば、またすぐにピンと張る。佐助はさらに50尺先まで離れたようだ。
耳元に糸通信をあて、佐助の声が聞こえるのを待った。
「…しもし?…こえる?」
先程より性能は落ちたようだが忍の耳ならば問題なく聞こえる範疇だ。
糸通信を口元にあてがい、聞こえていると応答する。
「や…っぱ…性能は…落ち…ね」
「そうだな、だが忍なら問題なかろう」
「じゃ、さらに離れ…よ」
「ああ」
いい終えるなりまた糸が緩んで、しばらくしてまたぴんと張った。
しかし今度は待てど暮らせど佐助の声は聞こえてこない。
どれだけ遠くに離れたのか、佐助の姿は肉眼でも捉える事が出来ない。仕方なく佐助の声が聞こえるまで待った
「………」
「………」
「………」
結構時間が経過したが相変わらず佐助の声は聞こえてこない。痺れを切らして、自分から話し掛けた。
「おい、佐助!聞こえているのか?応答しろ!」
「…………」
しかし佐助の応答はない。もしかして何かあったのだろうか?
なんだかちょっと心配になって、空っぽの湯のみの中を覗き込んだ。すると糸通信の糸がいきなり弛んだ。
「佐助!?どうした?」
佐助、と何度も呼び掛けるが佐助の気配はない。やはり何かあったのだろうか。
様子を見に行こうかと立ち上がった刹那。
「お待たせ」
耳元で佐助の声が聞こえた。安堵するのも束の間、突然耳に息を吹き掛けられぞくりと肌が粟立つ。
「なっ…!」
耳に手を当て、すぐさま振り替えれば佐助が真後ろに立っていた。しかもにやにやと薄ら寒い笑いを浮かべて。
「お、お前ッ、糸通信はどうしたッ」
慌てて尋ねれば、佐助は肩を竦める。
「待てど暮らせどかすがの声が聞こえなくてさ、実験は中止だね」
「だからって、う、後ろから、悪趣味な真似はよせ!」
「…耳弱いの?」
感じちゃった?などと軽口を叩く男に糸通信を投げ付ける。
「ふざけるなっ!こんなもの全然役に立たないじゃないか」
「だから言ったろ?まだ開発中だって」
「それに―――」
「それに?」
「かすがと俺様はこんなもんなくても以心伝心してるから大丈夫だよね」
一体なにが大丈夫なのか全くわからないが佐助はしたり顔で笑う。
「今の発言でこの実験の全てが無駄になった気がする」
「まぁまぁ、おかげで良いデータがとれたよ」
「そうか」
「うん。かすがは耳が弱い」
「……」

ゴホンと咳払いひとつ。ぶん殴ってやろうかと大きく振りかぶった。

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