踏みつける ※無駄にナガイ

「チョット、ニンジャ!」
でかい巨体を右へ左へ揺らしながら、うさん臭い教祖はヒステリックに叫んだ。
「あれから3日経ちますケド、全然音沙汰ないデース」
まるで姑が嫁に言うようにねちっこく厭味を吐き出すと、俺様に向かって指を突きつける。
「ジラスにしてもヤリスギデス」
「あー、やっこさんも忙しいんじゃないの?」
適当にそう返して、右の手首の関節を音を立てないように外した。
後ろ手に縛られ、棒にくくりつけられちゃあ、さすがの俺様も抜けるのに時間がかかる。
おまけに四六時中こいつが一緒にいるもんだからなかなか大胆な行動は出来ないし。
今も小さな体育館のような場所の中心に俺様はくくりつけられ、それをとり囲むようにして、ザビーと信者がこちらを向いていた。
そんなわけで残す便りは上杉の懐刀なわけだけど、どうやら俺様がザビーに捕まったという伝令は信じられないみたいだ。3日たってもまだ、音沙汰はない。
こんな失態俺様も信じたくないけど。
「ムキー!アンタホントに、愛されてるノ?!」
待ち切れなくなったのか、教祖様は金切声で叫ぶと地団太を踏む。
その振動で回りに連れ添っていた兵士(信者と言ったほうが正しいかも)たちは、みな床に膝をついた。
信者たちが、ザビー様落ち着いてくださいと必死になだめているところへ、黒いローブの――サイドを残してそれ以外はツルツルの変な髪型をした――信者が慌てた様子で駆け込んで来た。
「ザビー様!」
「何事デース!?」
「ザビー様、来ました!ニンジャです!」
どうやら、俺様もちょっとは愛されていたらしい。信者が息を切らして言い切った直後、ザビーの瞳はランランと光った。
「オソイヨ!早くこっちに連れてキチャッテ!」
威勢の良い返事とともに、信者は廊下へかけて行く。
3分とかからないうちに、かすがは俺様の目の前まで連れてこられた。
「……何をやっている」
閉口一番、縛られた俺様を見るなり、呆れ顔に眉間を力一杯寄せて彼女は問う。
「暇だからちょっと捕まってみた」
「チガイマーース!!!」
折角余裕な男を演じて見せたのに、間に割って入ったのはザビーだ。
「踏み絵チェックにひっかかったのデース」
「…踏み絵チェック?」
「ソーデス、我が城の床のあちこちに書いてアル、マイ自画像を踏むと異教徒と見なされて落とし穴に落ちるしくみデース」
所謂フミエデースと自慢げな声色で淡々と説明する。
かすがはうるさそうに顔をしかめると、俺様の方をまじまじと見た。
「…なぜ私が呼ばれた?」
「そのニンジャのリクエストね!」
聞いてもいないのにザビーはうきうきと答える。
「なぜ私を呼んだ?」
かすがはザビーを無視して俺様を真っ直ぐ見据えたまま、低い声で尋ねる。
その視線は痺れるほど鋭い。良い女である。
「…いやーお館様にバレたらぶん殴られそうだからさ」
「…帰っていいか」
「ちょ、かすが頼むよ」
「ソーヨ、仲間を助けたければ言うことをキキナサイ!」
半ばいない風に扱われてご立腹なのか、教祖様は顔を膨らませる。
「…悪いが私はこいつの仲間ではない」
「パーどん?」
「こいつとは……そう。今日初めて会ったばかりだ」
「ちょっとちょっとかすがちゃんったら」
今日初めて?とおろおろと驚愕するザビーに向かって、話の流れに聞き耳を立てていた信者の一人が合いの手を入れる。
「ザビー様、まだわかりませんぞ!そのくのいち、もしかすると時間を稼ごうとしてるのやも」
そうだったのか、とかすがを見つめてみるが、残念ながら俺様にはそんな様子は微塵も感じられない。
しかし、そうだそうだと周りの信者たちは一斉に騒ぎ出した。
それに気を大きくしたのか、ザビーはわざとらしく咳払いをする。
信者たちはそれを合図に全員静まりかえった。
「ミナサンの言うとおりネ、このニンジャガールワタシたちを油断させるつもりカモしれないヨ」
「ザビー様!こんな時のために用意した特製踏み絵を使いましょう!」
信者の中の一人が声を上げる。
「オー!ソウネ!せっかくだし特製フミエを使うベキネ」
「特製踏み絵だと…?」
かすがは聞きなれない言葉に片方の眉をわずかに上げる。
「踏めたら許してヤルヨ、ニンジャガール!」
教祖様がそう叫んだ途端、待っていましたと言わんばかりに信者たちが左右にさざめいた。
そして大波が…いや、前方の床が真っ二つに避けた、かと思えば、その下からはさらに床がせり出すように登場する。もとの床より1段分高い、せり出した床は、そこへ人が一人乗れそうな幅だった。
さらにその床に描かれていたのは、…たぶん俺様だ。緑色のペイントを施した頬とオレンジの顔料をぶちまけたような髪。そして肩を覆う緑色の迷彩色。
せり出してきた床に描かれた絵画はかろうじて俺様だと言いたいようだ。
色合いぐらいしか似ているところがない。
正直全然似ていない。
「…何だこれは」
かすがはさも不愉快そうに顔をゆがめる。
「特製フミエデース」
「…誰だこれは」
「アンタの仲間のニンジャクンデース」
かすがも相当混乱しているらしい。そう言えば捕まってすぐ、なぜか記念だと言われて似顔絵を書かれたのを思い出した。
「このフミエは特注で作らせたユーの相棒の似顔絵入りネ!仲間ならこのフミエを踏めないという寸法ダヨ!」
「…余裕だ」
かすがは顔色一つ変えずに即答した。こういう時のポーカーフェースはホントうまいんだから。
「ノー、強がったってダメヨ、出来るわけないネ!」
「むしろ踏み付けたいくらいだ」
「ノー!!!それを踏んだらニンジャをくくりつけた棒が爆発するヨ!」
「えっ、ちょっと?!それマジ?!」
予想外のことに思わず口を出した。爆発とかマジで聞いてないんですけど。
慌てて自分の足元を見れば、そこには大きな黒い塊が一緒にくくりつけてあった。
「ま、マジで爆発すんの?」
「マジデース」
「…聞いた?爆発するって」
たぶんこの時の俺様の瞳は、縋りつく子犬のように潤んで乙女の心をぐっと掴んだに違いない。かすがは俺様を一瞥してから小さく頷いた。かすがには悪いがここは我慢してもらわなければならない―――。
俺様もそれを見て小さく頷けば、かすがは何のためらいもなく特製踏み絵の上に乗った。
「ちょっ、」
がくんと彼女の重みで、せり出した床は地面へ―――まるでボタンを押すような格好になる。
「あっ…………」
小さく悲鳴を上げてから目をつぶるが、何も起こらなかった。
どかーんと音もしないし、吹っ飛ぶような衝撃もない。
ゆっくりと目を開ければ、その場にいる全員が押し黙ったように互いの顔を窺う。
「…爆発はどうしたんだ」
かすがが胡散臭そうに言う。
「…爆発はハットリダッタヨ」
「ハッタリだろ」
「イエス」
かすがは気まずそうに辺りを見回すと、じゃあ私は帰るからと消え入りそうな声で呟き、廊下へ駆け出した。
あとに残された俺様とザビー、及び信者は言い知れない思いを抱え動けずにいた。
「…そんな目でみないでくれる?」
「コレ記念にモチカエリマスカ?」
床の似顔絵を指刺しながら言う。
「…いらない」
信者の一人が、哀れみの視線をこちらへ向け、縄を解いてくれた。どうやらこれで、お館様にはぶん殴られる事はなさそうだ。

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