初めまして?

「俺は無敵だ!貴様なんぞに負けるわけがない!」
鼻息を荒くして仁王立ちで立ちはだかる男は、『愛』という字を前立ちにあしらった兜をつけ、自らを無敵と名乗った。
(じょーだん)
忍は男を品定めするように、つま先から頭の先まで観察した。
(どう見ても弱そう)
そんな風に鑑定すると大きくため息をつく。忍のやる気のない雰囲気を感じ取ったのか、男は怒りを露にした。
「貴様!合戦の最中にため息など…、ふざけるな!俺は無敵だ!」
「あんたさぁ、弱いくせにしゃりしゃり出て来ない方が良いんじゃないの?」
「何を…!愚弄する気か?俺は無敵!」
ますます荒くなる鼻息に、忍は冷ややかな視線を投げ掛けた。
「アンタみたいなタイプ、嫌いなんだよねぇ。弱いくせに強がって、身の程ってやつを知らないから」
「なっ……!」
男が反論するより前に首筋に冷たい感触。眼前の忍びは既に掻き消え、自分の隣で刃を突き立てている。
状況が全く飲み込めずに、無敵の男はただただ動けずにいた。
忍びはそんな男の様子を見て、楽しそうな声を上げる。
「ほらね?俺様とアンタの違いがわかっただろ?」
「俺様は忍だ。アンタなんか容易く屍に出来る」
耳元で囁かれたその言葉は、鉛のように重く、冷たかった。
しかしそれとは対照的に、忍は微笑んでいるようだ。
ゆっくりと「死」という現実が、男の心を浸食していく。
初めて男は恐怖した。
「き、貴様―――――」
やっとのことで口にした言葉は、実に弱々しいものだった。無敵の男が、聞いて呆れる。
忍は、もう一度冷笑した。
そして刃を男の首筋へ深く突き立てようとする。
「やめろ」
突然後方から、女の声が響いた。二人同時に声のしたほうへ顔を向ける。
そこには、男にとっても忍びにとっても見慣れた女が立っていた。
「かすが殿!」
「かすが!」
同時に声を上げる。男は、忍の体にわずかだが緊張が走ったのを感じ取った。
「かすが殿、知り合いか?」
すかさず男が詰問した。その顔には訝しげな表情を浮かべている。
「……いや、」
かすがは男からも忍びからも視線を反らすと、口ごもった。
男は不思議に思ったのか、今度は忍へと視線をずらす。
目が合ったわけではないが、忍はその視線を避けるようにして一呼吸おいてから言った。
「…こっちでは有名だぜ?軍神の懐刀のかすがってね、そりゃぁ良い女だって」
忍の声に感情がこもった。男からは見えなかったが、忍はかすがに向かって目配せをした。かすがの眉間の皺がより一層深くなる。
「まぁ俺様とは初対面ってわけだし?初めまして?つるぎさん?」
そう言って、塞がっていないほうの左手をひらひらさせる。かすがの眉間の皺と反比例して、先程までの張り詰めていた空気が少し和らいだ。
(隙あり――!)
隙を見て、男は素早く忍を突き飛ばした。忍は少しだけ体勢を崩す。
男はすぐに忍から離れると、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、自信をふりかざして言った。
「さぁ!もう貴様に勝ち目はない!二対一では袋のネズミだ!やはり俺は無敵!」
「あらら」
忍は、男を一瞥してからかすがに視線を移し苦笑する。
付き合ってられない、という風に肩をすくめると、くるりと背を向けて黒い羽根とともに掻き消えた。
「まったく、敵に背を向けて逃げる等…、なんて忍だ!」
男は怒りを露にしてかすがを見た。そして同意を求める。
「そう思うだろ?かすが殿。俺が無敵だったから良かったようなものだ」
かすがは苦笑すると、忍が先程まで立っていた場所を見やり、空を仰いだ。
「それにしても、かすが殿は有名ですな!あんな下っ端のような奴にも知られているとは…!」
男は独りで愚痴をこぼす。もう彼女は聞いてすらいなかった。
(初めまして?…か)
その時の彼女の瞳は曇っていたが、男には知る由もなかった。
風が木の葉を揺らすのを焦点の定まらない目で見つめていた。

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