誤解

表から堂々と門戸をくぐる。

門番に軽く会釈をすると、お待ちしておりましたと声をかけられた。
真田幸村直々にお目通しを許されたことは嬉しい誤算だ。
しかも佐助はこの場にはいない。
あいつがいると物事がややこしくなるばかりだし、誤解を解けといったところで、真面目に取り合ってはもらえないからだ。

 

私はこの数日、真田幸村へ直接文を書き、やっとのことでこの時間をもらうことができた。
家臣にこちらへと通された部屋は、お祝い事に使う豪華な杯や盆などが並び、金・赤といった色で溢れている。
一体なんの部屋なのか見当もつかない。

部屋の上座で真田幸村は、胡座をかきながらにこにこと嬉しそうな顔をしている。
「一体この部屋は…?何かお祝い事などあったのですか?」
疑問に思って尋ねれば真田幸村は不思議そうに言った。
「何を申されるか?これはかすが殿と佐助の婚礼の式に使う道具」
「は、はぁ?!」
「佐助曰く忍びが嫁入り道具なんて持っているわけない、という話だったので、この幸村微力ながら二人の手伝いがしたかった」
真田幸村は満身創痍といった表情で近場の杯を手にする。
なかなか良いものを揃えておりますぞ、なんて言われた日には、私は卒倒しそうになっていた。
「あ、あのですね!話の腰を折ってしまって申し訳ないのですが…」
「そうでしたな、そもそも拙者に何用か?」
いよいよ本題という雰囲気に、互いに緊張が走る。

「ほ、本日は誤解をときにやってまいりました。」
「誤解?」
「そ、そうです。この間あいつが…猿飛が、わ、私たちのことを許嫁といったのは…」

途中まで言いかけると、真田は合点がいった、というように大きく目を見開いた。

「あいわかった!最後まで言わずとも、かすが殿の言いたいことはわかった。」
「ほ、本当ですか?」
「勿論。何故某と二人で話がしたいのか、今のでぴんときましたぞ。早く言ってくださればいいものを。」
「私もあまりの事になかなか言い出せず…。」
「確かに、二人は敵陣同士の大変な境遇、やはり上杉殿にも言いづらかろう。」
「い、いえ、そういうことでは…?」
「案ずるな、気にせずともこの幸村がきちんと面倒をみる所存。」
「め、面倒?」
「問題はどちらでお産をするかだな…」
「お、お産?!」

何をどう勘違いしたのか、男は大変な思い違いをしている。
「ち、違います!だ、誰があんな男の“子”を…!」
「男の子?男子でござるか?!それはめでたい!」

真っ直ぐな燃えるような瞳に思わずたじろぐ。
「違います!!私と佐助は「――」!」

許婚ではありません、とはっきりと口にしたはずのに、声はかき消された。

「………」

互いに顔を見合わせる。
「すまぬがもう一度仰ってくださらぬか。」
「ええ、私と佐助は許嫁で「――」」

まただ。
また声はかき消される。
まるで超音波のように耳障りな音があたりに響く。
「…い、一体この音は…?」
「ああ、どうやら新しい忍術の鍛錬を行っているようですぞ。」

 

あの男がどこからか邪魔をしているのがひしひしと伝わってきた。
絶対にこんなところで邪魔されるわけにはいかない。
私は誤解を解きに来たのだから。
唇を噛み締め、眉間に力を入れて真田幸村を睨みつけた。

「こ、この際ですのではっきりと言わせていただきますが、私にはお「――」がおりますので!」

「………」

やはり超音波に声はさえぎられた。
だがさっきよりかなり大きな声を出したので、もしかしたら聞こえたかもしれない。

互いに顔を見合わす。
思いびとがいると伝えたが、きちんと伝わっただろうか。

「………」

「や、やはり男の子が!!これはめでたい!早速親方様に御報告せねば!」
「あ、ちょっ、」

真田は勢いよく立ち上がると、私を置いて風のように廊下をかけていった。

 

「おやかたさばぁぁぁぁぁあ!!!」


遠くで響く咆哮を聞きながら、さらに悪化したと頭を抱えた。


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