現実は漫画より難し

どぉんと腹の底に響く音に、いちいち体がびくりと震える。
夕闇の中、赤や黄色に染まる空を見つめながら、こっそり隣りに佇む男を見つめた。
橙色の髪を後ろになでつけ、見慣れぬ浴衣を着込んだ男は、私の視線に気がついたのかこちらを見やる。
「なーに?」
「…いやなんでもない」
都内で行われた花火大会は実に大規模で、恐ろしい程の人が集まっていた。 右を見ても左を見ても人間ばかりで、人に酔いそうな心地になる。 しかしそんな酔いを覚ますように、夜空の花にはやはり迫力があった。
浴衣で見に行こうなどと言われた時は眉を潜めたが、案外行ってしまえば楽しいものなのかもしれない。 そんな風にぼんやり空を見つめていると、隣の男がぽつりと呟く。
「似合ってるよ、その浴衣」
うさん臭い笑顔でそう言うので、嫌味っぽくお前も悪くないと返せば奴は苦笑する。 何がおかしいのか良く分からなかったが、とりあえず黙っていた。
「良いもんでしょ、風情があって」
どぉんという音とともに、佐助の横顔が緑色に染まった。
「ああ」
「来年もさ、俺様の隣にいるのはかすがかな?」
佐助は良く動く瞳で私を捉えると、探るように言った。
「…違うかもな」
ぼそりと発した言葉に佐助はこちらを二度見する。
「そこは嘘でもそうだなって言うべきでしょ」
「嘘は嫌いだ」
「…じゃあかすがは誰の隣にいると思うわけ」
「無論、謙信様のお隣りだ」
「…去年もそんな事いってなかった?」
「…来年こそは本気を出す」
それ謙信様詐欺って言うんだぜ、と佐助は笑った。 うるさいと言う風に佐助を小突いて、自身の腕を組む。膨れっ面の私に向って佐助は手を伸ばした。 周りの人々がざわめき立つ。
「ね、手繋ごうか」
佐助が言うと同時に、花火が上がった。 今まで見た中で一番大きな、真っ白の打ち上げ花火。
まるで菊の花のように夜空を白いラインが走る。 どぉんという音が耳に入ってドキリとした。
「……」
花火が暗闇に消えたのを待ってから、互いに顔を見合わせる。
「…悪い、花火の音で聞こえなかった」
「いやいや聞こえたでしょ」
現実はマンガのように都合良くは出来ていないらしい。 しぶしぶ手を差し出すと、佐助の手のひらを力一杯握った。

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