芸術の秋

「ねぇ、ちょっとモデルになってくんない?」
ぼーっとしながらテレビのスペシャル番組を眺めていると、後ろから声をかけられる。
一体なんと言われたのか理解できずに、思わずリモコンの音量を下げた。
「…なんのモデルだ」
「俺様の芸術の秋」
佐助は含み笑いでそう言って私の隣に腰を下ろすと、テーブルの上に四角い塊を置く。
真っ白のそれは子供の頃から見慣れている、紙粘土だった。
紙粘土は、カッターマットの上にちょこんと乗っている。
「…なんで粘土なんだ」
眉根を寄せ、奴を仰ぎ見れば佐助は苦笑する。
似顔絵レベルならばデッサンで充分だろう。
「小太郎が最近陶芸を始めたらしくてさ」
「陶芸?」
「そーよ、じいさんみたいな奴だろ?心が落ち着くからって俺様にも分けてくれた」
傷心したわけでもないのにね、と続けると粘土を軽くこねる。
「… 紙粘土じゃないか」
「まずは初心者用だってサ」
「じゃあ陶芸らしく皿でも作ればいいだろう」
「嫌だよそんなつまんないもん、どうせならさぁダビデ像みたいな、凝ったモン作りたいじゃん?」
佐助は器用に粘土をちぎると、簡単な人型に組み立てて見せた。
不恰好な土偶がこちらに向かって手を振っている。
「…ダビデ像が作りたいのなら――伊達の体でも見せてもらえばいいだろ」
そう言いながら、随分昔に見た伊達の半裸姿を思い浮かべた。確か奴は昔野球部で、いい体をしていたはずだ。
私のその言葉に佐助は目を丸くすると、“野郎は汚いから”と苦笑する。
「まぁ座ってるだけでいいからさ、頼むよ」
「座っているだけでいいのか?」
「うん、とりあえず服を脱ごう「断る」
「冗談だって」
「…お前は毎回ワンパターンだな」
「女体はロマンですから」
「意味がわからん」
まぁまぁと窘められながらしぶしぶ承諾した。
昔から、人が何かを作り上げるのを見るのは好きだったし、モデルといっても人体の構造を少し参考にする程度だろう。
安請け合いをすると、立ち上がってソファに座りなおした。
「硬くならなくてもいいからね」
「別に硬くなっているわけじゃない」
佐助の長い指が、白い紙粘土を次々とちぎって人の形をかたどっていく。
最初はブサイクな土偶だったのが、だんだんと小さい頃に見たりかちゃん人形…というよりはバービーみたいな感じになっていく。
「お前は、昔からデッサンとか芸の細かい作業が得意だったな」
「まぁね。観察力に長けてんのよ」
「美術の成績…よかっただろ」
「…かすがは苦手だったでしょ」
「余計なお世話だ」
佐助は吹き出すと、綿棒サイズの小さなヘラを取り出して
輪郭や鼻などの高低を見事に表現していく。
ほぅら出来てきた、と甘ったるい声で言うので私は佐助の手元を覗き込んだ。
「早いな」
「まだ顔周りだけだけどね。しかも大雑把」
見れば――ややつり上がった大きな瞳と高く通った鼻、厚めの唇――人の顔を象った、やや不機嫌そうな女がこちらを見ている。
「…これが私か?」
「うん」
「……………」
左から右から頭を傾けながらその人型を眺めていると、佐助が“変な顔に作るとでも思った?” と自慢げな声色で言う。
「いや」
「じゃあなに」
「こんなに…私は美人じゃない」
あまりにもその紙粘土の人形が、綺麗に作ってあったのでついそういった。
おだてたって何も出ないぞ。
そう続ければ、佐助は急にまじめな顔になってこちらに向き直る。
私の両肩を強く掴むと、覗き込むようにこちらを睨みつけた。
「俺様の目にはこう映るんだよ」
「……………」
佐助は何も言えない私から視線を外すと、また黙々と紙粘土をちぎっては人形を作り上げてゆく。
ふと何かを思いついたのか空を見やると、500円玉くらいの大き目の塊を手にして、丸くこねる。
それを二つ作ってならべると、おもむろにその人形の胸にくっつけた。
「おい、胸にそんなに粘土を盛るんじゃない…!」
「俺様の目にはこう映るんだよ」
…正直、紙粘土の人形をぶっ潰してやろうかと思った。

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