縁結び

武田と上杉が盛大な宴をすると聞いて私は目を丸くした。
なんでも一時停戦の条約を結ぶとかで大量の酒がいるというのだ。
「たのみますよ、かすが」
謙信様のお願いを私が断ることはない。
例えそれが顔をあわせたくない奴と一緒になる仕事であっても。
「おまかせください、謙信様」
笑顔とは裏腹に、私は内心舌打ちをしていた。
謙信様と武田信玄が仲良くしているのも許せないが、
どうして私があの男と仲良くお使いになどいかなければならないのか。
「たけだのしのびは、しょうごにこちらにくるそうですよ」
「心得ました」
自室に戻り苛々と準備をしながら男を待つ。
男は正午ぴったりに上杉へ入国した。
「どーも、ご無沙汰しております」
「ええ、こちらこそご挨拶もせずに失礼いたしました」
謙信様への御目通りの際に厭味な挨拶を済ませると、私たちは城から出た。
男は既に低い声で笑っていた。
「…何を笑っている」
「いや、挨拶なんてしたことねーじゃん、お前」
「うるさい!謙信様の御前だぞ!無礼なことはできん」
「すげー嫌な顔してたからさ、くはっ、思い出すだけで笑えるわ」
「う、うるさいうるさいうるさい!!黙って仕事に集中しろ!」
「仕事っていったてさぁ?大した仕事じゃないっしょ。神社にお酒もらいにいくだけだもん」
「全くだ、お前一人でよかっただろ」
「さすがに俺様一人じゃ酒樽5樽はもてないわ」
「だいたいそんなにちょっとでいいのか?」
「いや、俺らがとりにいくのはもちろんお墨付きの酒さ。もっと安い酒は俺の部下たちがわんさととりに行ってるよ」
特に感想もなかったので、私は前を向くと走る事に集中した。
とにかくさっさと行ってさっさと帰ってくるのだ。
なるべくこの男には関わらないように。
そんな私の想いとは裏腹に男は道中ずっと話し続けていたのだが。

そしてようやく御目当ての神社へ到着した。
参道の3つの鳥居をくぐり、広大な境内に入る。
佐助は懐から巻物を仰々しく取り出すと本殿へと入っていった。
本願寺の寺とは違い、木目に重きを置いた質素な寺は実に神々しかった。

いくつもある社に目を奪われていると、神主と思われる男と佐助が本殿から一緒に出てきた。
「お待たせ」
「こんにちは」
神主が深々とお辞儀をするので、つられて私もお辞儀を返す。
彼は酒は宝物庫にあると穏やかに微笑んだ。
「お二人はもうお参りはされましたか?」
「いえ」
「さっき着いたばかりですからねぇ」
「では是非お参りを済ませてきてください、酒樽の準備をこちらで済ませますので」
はぁ、と会釈を返し私たちはなぜか先にお参りをすることになってしまった。
「なぁ…神を信じてるか?」
「じょーだん。神も仏もいやしないよ」
「だよな」
冷めた私たちの声が聞こえたのか、偶然境内にいた男が残念そうに言う。
「寂しい事を仰らずに、こちらの神様は縁結びで有名な神社なのですよ」
「へぇ」
「こちらの神社でお参りをしてご結婚になった夫婦はとても多いのです。あなた方もきっとうまくいきますよ」
「なんだか俺様、仏も神もいる気がしてきたよ」
「気のせいじゃないのか」
「こちらの絵馬に願いを書いて片思いが実ったこともあるそうですよ」
「…私も仏様はいらっしゃると考えています」
調子のいい私たちの様子に男は微笑んだ。

ちゃっかりとお参りを済ませた私たちは、丁度酒樽の準備が出来たと境内に庭に通された。
大きな樽が5個並ぶ。
こんなにたくさんを二人で運べるのかと神主たちは心配そうな面持ちだった。
「ご心配なく」
佐助は私に目くばせをし、印を結ぶとすぐに3人に分身する。
私も負けじと分身を出した。
「これで5人になったでしょ♪」
3人そろって声を出すと、驚き顔の神主を尻目に酒樽をそれぞれ抱えた。
「では、ありがたく頂戴して失礼いたします」
「失礼いたします」
「お二人とも、どうぞお幸せに」
神主にそういわれて私たちはお互いに顔を見合わせた。
「いえ!違いますから――「どうも!」
強引に佐助に手を引かれ、その場を後にした。
「くそっ、完全に誤解されてしまったぞ…」
「まぁいいじゃん。誤解されておこうよ」
「い・や・だ」
「お~こわ!」
「怒ると美容によくないよ」
「ね~」
3人のやかましい男は口々に笑う。
益々苛々が募った。謙信様に変な誤解をされたらかなわない。
だが―――。
「あそこで結婚した夫婦は幸せになれそうだな」
あの神々しい本殿で婚礼の儀式をかわす、それだけでも
運命的なものを感じるに違いない。
なんて浪漫があるのだろう。
「わかった」
一体何がわかったというのか。佐助の一人に目をやった。
「俺たちの婚礼はあそこでやろう」
2人目の佐助が言う。
「安産祈願のお守りももらったよ」
3人目。

「……うっとおしいから誰か一人が喋れ。」

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