僕は君のエスパー

1
お風呂上がりに一息ついて、ビール片手にテレビをつける。
つまみに枝豆。これが正しい日本の“夏”だ。
しかし肝心なテレビのリモコンが見当たらず、
私はビールのふたをあける事も出来ずにキョロキョロと周りを見渡した。
先ほどまでテーブルの上に置いてあったはずなのに、そこには何もない。
変わりに枝豆やら漬物やらが乗っていて、私はますますリモコンがない事にいら立ちを覚えた。
「なに?リモコン?」
必死でリモコンを捜索しているところに佐助がやって来て、冷ややっこをテーブルに置いた。
(ご丁寧にもネギとショウガと醤油がかかっている)
そしてくるりと踵を返すと、キッチンカウンターに乗っていたリモコンを手に戻ってくる。
「そんなところに…!」
「ごめんごめん、さっき机拭いた時に動かしたんだよね」
私は佐助からリモコンをひったくると、ONのスイッチを押した。


2
食事が終わり、お腹が一杯になったところで明日までに提出しなければいけない書類があったことを思い出した。
慌てて自分の鞄を自室から引っ張って来ると、中から薄っぺらい紙を取り出す。
なんてことない、契約更新の類いの書類だ。
自分の名前やら住所やら個人情報を記入して判を押すだけ。
未だに慣れないこの家の住所を書き綴ると、出来るだけ丁寧な字で自分の名前を書く。
なんといってもあのお方に提出する物だ。適当には出来ない。

やっとのことで書き終わって、さあ後は判子を押すだけ。
確か鞄の中に入れっぱなしになっていたはずだ。
そう思って鞄の中に手を突っ込む。
ゴソゴソと手だけで探るがそれらしい感触はなかった。
仕様がなく鞄をひっくり返して一つ一つ確認してゆく。
しかし判子は鞄の中に入っていなかった。
なぜ判子が入っていないんだ…?
不思議に思いながら小さく舌打ちをして立ちあがった。
自室に置きっぱなしになっているかもしれない。
そう思って自分の部屋を探してみるが、見つからなかった。
その後もダイニングテーブル、テーブルの下、ソファの隙間、小物入れの中…。
思いつく限りの場所を探してみたが、判子はどこにもなかった。
途方にくれてソファに寝転ぶと、同じく風呂から上がった佐助がこちらにやってきた。
「何してんのさ?あ、判子?」
そう言って、髪の毛をがしがしとタオルでふきながら玄関の方へ行ってしまう。
戻って来るなり呆然としている私に差し出したのは、紛れもない私の判子だった。
「お前、これをどこで!?」
「前に宅急便が来たときに使ってたでしょ、玄関の棚の上に置いてあったよ」
私は佐助から判子をひったくると、書類に判を押した。


3
佐助はその後も私が何を探しているのか聞きもせずに私の前に探していたものを差し出した。
明日履いて行こうとお気に入りの靴下を探していた所に佐助がその靴下を持って来た時は、さすがにぞっとした。
おかしい。
なぜこいつには私の考えていることがわかるんだ?
こちらからは何も言ってないのに。
髪を乾かすのもおざなりに私は真剣に考えた。
ほとんど生乾きの髪をくしでとかすと、テレビから“おお”という歓声が上がる。
『見事です!見事にトランプの札を言い当てました!』
テレビの中ではアナウンサーが驚きを隠せないと言った表情で捲し立てる。
右上のテロップには『人の心を読む?超能力特集!』と大きめの文字が映し出されていた。
それを見た途端もしかしてこれかもしれないと直感して、テレビ画面を食い入るように見つめた。
あいつは実はエスパーで、超能力者だとしたら。つじつまは合うはずだ。
だから私の心を読んで先回りできるんだ。

そこまで考えて、“いや、だがそんなはずはない”と首を左右に振って思い直す。
非科学的すぎるし、だいたいもし奴がエスパーだったら今までずっと私の思考を読まれていたことになる。
謙信様のことや、仕事のこと、…佐助のこと、全てあいつに筒抜けということになってしまう。

背中に汗をじっとりとかきながら唾を飲み込んだ。
羞恥心よりもむしろ恐怖心の方が大きい。
だいたい今ここでこうしていることも奴には筒抜けじゃないか…!
そう思って台所で洗い物をしている佐助に恐る恐る目をやった。

しかし佐助は何事もなかったように鼻歌混じりに皿を洗っている。
私を動揺させないための演技なのか。
探るような視線に気がついたのか、佐助は目が合うと照れくさそうに笑う。
「何?俺様の顔に見とれてんの?」
「見とれるわけないだろ」
「じゃあそんな思い詰めた顔しない方が良いよ」
「な…!」
やはりバレているのだろうか、私の考えは。
動揺を押し隠しながら何故そう思った、と尋ねれば佐助は笑いながら何となくねと答える。
エスパーならエスパーだとストレートに言って欲しかった。
「…なぜそんな回りくどい言い方をする」
「回りくどい…ってどこが」
佐助は眉を潜めると、訝しげに私を見つめる。
どうあっても私には言わないつもりなのだろうか。
「わ、私が、」
「ん?」
「私が傷つくと思って気を使っているのか!?」
「へ?」
「だったら余計なお世話だ!なぜ本当のことを言わない!」
思わず声を荒げてしまい、ハッと我に帰る。
佐助は呆然と私を見ていた。
「な、何言ってんの?本当のことって何さ」
「この期に及んでまだはぐらかすつもりか!?」
「は、はぐらかす?」
「そうだ!お前はエスパーなんだろう!?だからお前は私が何を探しているかがわかるし、私の気持ちもわかる!」
一気に言い切ると、佐助は面食らったような顔をして水道の蛇口を閉める。
「ちょっとちょっと、何を誤解してんのかしらないけど、俺様はエスパーじゃないって」
「じゃあ何故私の行動がわかった!」
佐助は大きく目を見開くと、なぜ私がそんなことを言い出したのか理解したようだ。
笑いを堪えるようにだって、と続けた。
「テ、テレビの前でキョロキョロしてたり、机に書類出しっ放しにして何か探してたりしたら誰だってわかるでしょーが」
「だ、だが!」
「かすがは分かりやすいんだよ、ほら今だって髪を乾かそうとしてただろ?」
「な、なぜそれを――「クシ片手にウロウロしてたら誰だってわかるって」
私が手元のクシに目をやると同時に佐助は吹き出した。
「わ、笑うんじゃない!」
「ごめん、おかしくって。…まぁ行動はわかっても心まではわかんないんだけどね」
最後の言葉には聞こえなかったふりをして、大笑いする佐助を他所にエスパーじゃなくて良かったと安堵の溜め息をついた。

Since 20080422 koibiyori